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laughingstock7-1

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 机に身を乗り出して窓に顔ギリギリまで近づけていたシェロは近付いてきた文様に眼を瞬きした。

「痛っ・・」

 その瞬間、額を指で弾かれて額を押さえて椅子に戻る。相手は気の無い風に今度は普通に椅子に腰掛けていた。

「何をするんだい・・・リーフ」
「間抜け顔が可笑しかったからさ。・・・本当、抜けてる」
「いきなりで驚いた。・・・そこに来る人と見張りは・・・?もう来てもおかしくないと思うんだけど」
 
リーフが此処にいる事がおかしい。
 しかし彼は事も無げに犯罪を暴露した。

「此処に向かう人たちはまとめて縛ってどこかの倉庫に放り込んでる。記憶もちゃんと消しているから大丈夫」
「~~~!」
「それよりなんでこんな所にいるんだい?私には状況が読めないんだけど」

 彼に簡潔な説明をすると彼は珍しく面白くもなさそうに「ふぅん」と言った。それに呆気に取られたのはシェロだった。

「面白くなかったかい?」
「よくある事だからね。・・・冤罪かけられるなんて抜けた人がされることだよ」
 
つまりお前だとはっきり言われた気がしてシェロはがくっと肩を落とす。

「そうか・・・エイジアが企んでいたとはね」
「知り合い?」
「先日まで依頼人だった。変な依頼だったけど」
 
同じ穴のムジナだったということか。シェロは内心胃が痛いと思った。どっちかというとやってられないという方が大きい。リーフが悪いというわけではないが、彼が一枚噛んでいる気がしてならない。そんな眼で見つめると心外という風に返された。

「くじ運が悪かったんだよ。でもエイジアの背を押したのは事実かな」
「その結果、私は此処にいると」

 それに対しては少しは思う事があるらしい。リーフは気まずそうにこめかみを掻いた。

「君は写本を僕に渡せなくて怒っているんだろ・・・?」
「よく分かっているじゃないか」

 その通りだ。それ以外にリーフに何を怒る事がある。珍しく困っているらしく彼は大きく溜息をついた。

「ねぇ・・・もっと言う事があるんじゃないか。此処にいる事とかさ。契約もう一回しようとか。
 お前のせいだって責めるとか」
「リーフ」

 リーフは何も分かっていない。その事にほんの少しシェロは苛立つ。見ているはずなのに彼は見えていない。聞いているはずなのに聞いていないのだろうか。

「私はそんな事考えてもいない。「君」に言う事はそんな事じゃない。君との約束が護れない状況に君の手で陥っている事に対して責めている。
 それ以外は私の事だし、君を責めるのはお門違いだよ」
 
そうだろう?と問うとリーフはますます困ったように、笑った。

「・・・そうだね」
「リーフ、君今日は具合でも悪いのかい?」

 様子がおかしい。いつもの涼やかで興味の塊のような様子が見られない。疲れたような諦めたような何とも言えない曖昧な笑みを張り付かせて表情が強張っていた。
 何かをシェロに言おうとして、彼は机に頬を寄せるようにうつ伏せになった。
 視線を合わせたくないのかもしれない。ここから彼の表情は見えない。

「シェロ、君は自分の事を分かってる?」

 唐突な質問に驚いたが、シェロは思うままの言葉を返す。

「そうだね。・・・分かっている方なんじゃないかな」
「・・・曖昧だね」
「その質問自体が曖昧だ。リーフ、君だって分かっていないだろう?」
「分かってるよ」

リーフは平常と変わらない声音で肯定する。

「分かっているのかい。羨ましいな」

 シェロはできる事なら自分という人間を開いて見たいものだと常に思うものだ。しかし開いたとしてもきっと人の想像する物はでてこないと分かっている。リーフはうつ伏せたままふるふると首を横に振った。

「僕は螺子で動く。最初から何が在って何が無いのか分かっているんだ。欠落した人形なんだ」
「人だって同じだよ。欠落した人形だ」
「ちがう!ちがうちがうちがう。僕のように何に対しても興味を持てない訳じゃないだろう?僕は「執着」を持てないように造られているんだよ。人は何かに執着する。他人、親、物全てなんだってそうだろう。生きる上で大切なことだ。けれど僕は人に関心を寄せられないんじゃない。
 根本的にその回路が無いんだ・・・。興味の持たない事を忘れるのは当たり前だと思うだろうシェロ。けれど何処かに必ず記憶はあるんだ・・・。僕には無い。自分が興味を持ったと認識したつもりで本当は・・・忘れて興味を持った事すら忘れていく。それを思い出す事はないんだ・・・」

 感情をほんの少し顕にするリーフは声を荒げてもいない。本当は荒げ自分を悲しみたいのかもしれない。眉が寄せられ表情だけが苦悶に歪んでいた。けれど彼の瞳が揺れる事はない。激情を表すことも彼には与えられていないのかもしれないとシェロは思った。
 怒り泣き叫ぶ彼は、紅い眼から涙を零す姿はひどく人の想いを揺さぶるものになるかもしれない。けれどそれを見る事は彼自身も他の者もできない。

「柩がすべてを忘れさせる。僕の仕事の事以外・・・。歴史が変わればまたリセットされるんだ。そうやって僕ら螺子付きは組織に都合の良い人形としてこれからも生きていくんだ・・・」
 
リーフが悲しんでいるのは分かる。何故、彼が今悲しむのかがシェロには分からなかった。

「リーフ、何故君は・・・それを認識したんだ?今までの君はそれが当たり前で、何とも思わなかったんじゃないのか」

 リーフは一瞬躊躇した様子を見せて、口を開く。

「僕らpielloはウサギに支配されていると聞かされて・・・改めて気付いた。前から自分がおかしい場所は気付いていたから興味を持つように努力をした事もあった。けれどすぐ辞めてしまったよ。
 何故なら自分が執着する物が変わらず側にあったから」
「あのウサギかい・・・?」
「そうだよ。アレだけはどんなに時が経ってもどんな事があっても忘れなかったし、ずっと必要としていた。おかしいと思わなかった」
 
彼がリーフを支配していたのだろうか。他の目的の為に。シェロは思い出すがどの場面においても彼は、彼のウサギはー

「私には、そう思えない」
「シェロ、事実なんだ・・・きっと」
「事実であっても、君のウサギが君を支配しコントロールして自分の思い通りにしていたとは思えない」
 好きにさせていたはずだ。傍から見ても彼のウサギはひたすらにリーフを護り側にひっそりと佇んでいた。
「彼の事をよく知らないが、私には彼は君の心を尊重していたように思う。君に無理に執着のために興味を湧かせたりしただろうか。仕事の為に君の思いではない事をさせただろうか。
 私は知らない。君がよく知っているはずじゃないか?
 それに誰の話を聞いたかは知らないが、あまりに偏った意見だ。ウサギがpielloの全てを支配していたら、仕事どころではないはずだろう?」

 リーフは答えないが髪の間から見える目は何か考えているように見える。

「リーフ、君の気を惹くことを彼らはしているかもしれないね。けれど、それは悪しき思いだけじゃないと私は思う。・・・それにね」
 
シェロは肘を突き、自分の両手を握り締め、それに額を押し当てる。
作品名:laughingstock7-1 作家名:三月いち