laughingstock7-1
7章1 detention
夜明けを告げるように鳥の鳴き声が聴こえる。この部屋に窓は無いため、光は入ってこないがいつの間にか朝を迎えていたようだった。シェロは扉に凭れ掛かるように眠っていたために体を伸ばして鳴らす。
「僕も・・・運動しないとな」
此処に入れられた時は動揺したが、一晩此処にいると体が順応してくるものだと苦笑する。
シェロは教会に伝えていない事がある。シェロは元々、司教の生まれではない。この制度を疑問と思う老司教に拾われ、彼の孫ということで司教の階級を頂けたのだ。そうでなければあのまま畜産をして一生貧乏暮らしをしていたことだろう。何も知らずに自分達は生まれ変われば最も最上のものが得られると、国の制度を信じたまま。
神を心から信じている。しかしこの造られたシステムを信じる事はできなかった。
理不尽な制度から、自分のような子を見て同じように拾ってきてしまった。神を、司教を信じる無垢な瞳を見殺しにはできなかった。
最後まで自分が面倒を見たかったがその時の勝手を許し、隠れ蓑としてくれたのはアレスだった。幼い自分に力は無く、彼が実の兄妹だと伝えてくれていた。その時、彼の父母は健在で彼らさえも口止めしていてくれたのだ。幼いシェロとリリエッタを護ってくれた恩人だ。
養い子はすぐに状況を読み、シェロには近付かなかった。二人きりの時は友達のような会話をするが、素直ではない彼女なりに影で自分の力になってくれていたのだと思う。そして6年の歳月の中でリリエッタは成長し自分の道を選べるようになった。
彼女が選んだ道はかつての自分と同じ道。
出掛ける前に職務室に彼女が現れた。女性の彼女が入ることは許されない。多分いつものように人目を盗んできたのだろう。
その日は珍しく畏まって敬語で頭を下げた。
『シェロ様』
「リリエッタ、どうしたんだい」
『私は貴方様に拾われて、生を捨てずにこうやって生きる事ができました。本当に感謝しているのです。
貴方の後を追って写本書写修道士になろうと一時期考えておりましたが、私には才がなかったのです。貴方の側でいつか手助けをとずっと望んでしましたのに。
ですから今度は貴方の願いを。この国に住む制度に苦しむ彼らを助ける道を選びます。』
真っ直ぐな彼女はこの国の在り方に賛成はしなかったのか。その芽を自分が植えつけてしまったことに胸が痛む。彼女の進む道はこの国では異端の道だ。
歳の近い養い子を眩しくそして悲しみに打たれる胸を押さえて、それでも笑顔を向けた。
「もう、此処には帰ってこないんだね」
彼女はますます深く頭を下げる。
『恩を仇で返す事になります』
その声は震え、涙を堪えていた。今、シェロが止めれば彼女はきっと思い留まるだろう。それは以前から変わらない。
しかしシェロに彼女を止める理由は無かった。
「構わないよ。・・・僕が選びたかった道を往くのだろう。君も同じ気持ちで在る事が嬉しい。それだけだ」
『はい・・・。貴方は貴方の理想の為に上り詰めてください。貴方の側で支える事はできません・・・けれどどうか上から神の在り方を変えてください』
その言葉に首を縦に振る事はできなかった。
「僕は何も変えることはできないよ。それほど偽善者には・・・なれない。・・・僕はただ神に近い場所で生きていたいだけだ」
『貴方を変えるのはいつでも神なのですね・・・。貴方の行った事は罪ではないでしょう・・・?いつまで・・・』
「さぁ。人が来る。もう行くんだ。リリエッタ。命を無下に扱うんじゃないよ・・・・」
それを最後にリリエッタには声を掛けなかった。彼女が出て行って、彼女の訃報が届くまでずっとわだかまりになるくらいなら伝えておけば良かったのだろうか。
「僕は君の理想の人間にはなれない。この一言だけが言えなかったな・・・」
自分の事は最初から彼女に伝えるつもりは無かった。ただ、彼女の最期となった表情を涙で歪めてしまったことに後悔が残るだけだった。
(リリが今のこの姿を見たら半狂乱を起こすなぁ・・・)
さて、今日は朝の参拝には出させてはもらえないだろうから、もう一眠りしようかと思ったところに扉が開く。現れたのは法衣に身を包んだディーの姿だった。
「ディー様」
「シェロ書写修道士長、貴公をエイジア修道長を最近狙う輩がいるという件で、内部から加担した疑いがある」
「僕は何も心当たりはございません」
事実だった。何者かがシェロを貶めようとしている。ディーはその毅然とした態度に眼を伏せる。
「・・・やはりか」
「ディー様」
「私も何かの間違いだろうと思う。お前に限ってそんな事がある訳が無い。証拠があれば別だが、明らかにお前の物ではないものばかりがお前の証拠に挙がる。
むしろそちらに疑問を抱いている」
常に冷静な彼がいぶかしむ相手とはと考える。ディーは安心させるようにその怜悧な視線を和らげた。
「私からも言っておこう。やはり気になるからな。冤罪など許しはしない。
そんな事が此処にあってはならないのだ。
それが晴らせればお前をすぐでも出すように言おう。しかし、お前だと肯定するものが出た場合はー
分かっているな?」
「勿論です。覚悟は決まっています」
その返事にディーは頷き、早足で部屋から出て行った。
彼の足音が去ってからシェロは嘆息する。
エイジアがシェロを危険視しているのは知っていた。神に殉じる身で噂では汚らわしい真似までしているとも。
そろそろ彼の息の掛かった見張りが来るだろう。そしてこの部屋の向こうにもまた尋問するために人が来る。
「徹底的に嬲る気なのかもしれないな・・・」
椅子に座りなおして眼を閉じて考えていると、ふと気配が部屋の向こうに生まれる。しかし扉の開いた音はしなかった。不審に思っていると向こうの部屋の椅子に誰かが座る音がする。
「・・・誰・・・ですか」
相手は答えない。何者かも分からない上に何も言われないとなるとこちらも対応に困る。
沈黙が苦しい。
エイジアやディーではない事と信じて日常会話を試みようと明るい声を出した。
「お、おはようございます。今日も良いお日柄ですか・・・?」
相手は答えない。
「あの・・・私は此処に入ったままなので日の様子などよく分からないのです。できましたらその位は教えてくださっても構わないでしょう?
雨は湿気でなんとなくわかりますが、曇りと晴れは判別が難しいと思うのです。晴れは今日も写本の心配をしなくて済みます。喜ばしい事です。
曇りだと保存を考えますし、装飾の糊が付き難いという事になるのです。雨などもっての外なのですよ・・・。
同僚達は今日も変わりないかも良ければ教えてほしいのですが・・・」
「・・・シェロ」
溜息と共に吐き出された自分の名。その声に眼を丸くする。
「・・・リーフ?何故此処に」
pielloの友が何故こんな場所にいてしかも尋問側にいるのだろう。相手は今まで閉まっていたほんの少しの窓を引き上げる。そこには不貞腐れたような呆れたような顔で、いつものように不思議なくらいの美貌が椅子に踏ん反り返っている。
夜明けを告げるように鳥の鳴き声が聴こえる。この部屋に窓は無いため、光は入ってこないがいつの間にか朝を迎えていたようだった。シェロは扉に凭れ掛かるように眠っていたために体を伸ばして鳴らす。
「僕も・・・運動しないとな」
此処に入れられた時は動揺したが、一晩此処にいると体が順応してくるものだと苦笑する。
シェロは教会に伝えていない事がある。シェロは元々、司教の生まれではない。この制度を疑問と思う老司教に拾われ、彼の孫ということで司教の階級を頂けたのだ。そうでなければあのまま畜産をして一生貧乏暮らしをしていたことだろう。何も知らずに自分達は生まれ変われば最も最上のものが得られると、国の制度を信じたまま。
神を心から信じている。しかしこの造られたシステムを信じる事はできなかった。
理不尽な制度から、自分のような子を見て同じように拾ってきてしまった。神を、司教を信じる無垢な瞳を見殺しにはできなかった。
最後まで自分が面倒を見たかったがその時の勝手を許し、隠れ蓑としてくれたのはアレスだった。幼い自分に力は無く、彼が実の兄妹だと伝えてくれていた。その時、彼の父母は健在で彼らさえも口止めしていてくれたのだ。幼いシェロとリリエッタを護ってくれた恩人だ。
養い子はすぐに状況を読み、シェロには近付かなかった。二人きりの時は友達のような会話をするが、素直ではない彼女なりに影で自分の力になってくれていたのだと思う。そして6年の歳月の中でリリエッタは成長し自分の道を選べるようになった。
彼女が選んだ道はかつての自分と同じ道。
出掛ける前に職務室に彼女が現れた。女性の彼女が入ることは許されない。多分いつものように人目を盗んできたのだろう。
その日は珍しく畏まって敬語で頭を下げた。
『シェロ様』
「リリエッタ、どうしたんだい」
『私は貴方様に拾われて、生を捨てずにこうやって生きる事ができました。本当に感謝しているのです。
貴方の後を追って写本書写修道士になろうと一時期考えておりましたが、私には才がなかったのです。貴方の側でいつか手助けをとずっと望んでしましたのに。
ですから今度は貴方の願いを。この国に住む制度に苦しむ彼らを助ける道を選びます。』
真っ直ぐな彼女はこの国の在り方に賛成はしなかったのか。その芽を自分が植えつけてしまったことに胸が痛む。彼女の進む道はこの国では異端の道だ。
歳の近い養い子を眩しくそして悲しみに打たれる胸を押さえて、それでも笑顔を向けた。
「もう、此処には帰ってこないんだね」
彼女はますます深く頭を下げる。
『恩を仇で返す事になります』
その声は震え、涙を堪えていた。今、シェロが止めれば彼女はきっと思い留まるだろう。それは以前から変わらない。
しかしシェロに彼女を止める理由は無かった。
「構わないよ。・・・僕が選びたかった道を往くのだろう。君も同じ気持ちで在る事が嬉しい。それだけだ」
『はい・・・。貴方は貴方の理想の為に上り詰めてください。貴方の側で支える事はできません・・・けれどどうか上から神の在り方を変えてください』
その言葉に首を縦に振る事はできなかった。
「僕は何も変えることはできないよ。それほど偽善者には・・・なれない。・・・僕はただ神に近い場所で生きていたいだけだ」
『貴方を変えるのはいつでも神なのですね・・・。貴方の行った事は罪ではないでしょう・・・?いつまで・・・』
「さぁ。人が来る。もう行くんだ。リリエッタ。命を無下に扱うんじゃないよ・・・・」
それを最後にリリエッタには声を掛けなかった。彼女が出て行って、彼女の訃報が届くまでずっとわだかまりになるくらいなら伝えておけば良かったのだろうか。
「僕は君の理想の人間にはなれない。この一言だけが言えなかったな・・・」
自分の事は最初から彼女に伝えるつもりは無かった。ただ、彼女の最期となった表情を涙で歪めてしまったことに後悔が残るだけだった。
(リリが今のこの姿を見たら半狂乱を起こすなぁ・・・)
さて、今日は朝の参拝には出させてはもらえないだろうから、もう一眠りしようかと思ったところに扉が開く。現れたのは法衣に身を包んだディーの姿だった。
「ディー様」
「シェロ書写修道士長、貴公をエイジア修道長を最近狙う輩がいるという件で、内部から加担した疑いがある」
「僕は何も心当たりはございません」
事実だった。何者かがシェロを貶めようとしている。ディーはその毅然とした態度に眼を伏せる。
「・・・やはりか」
「ディー様」
「私も何かの間違いだろうと思う。お前に限ってそんな事がある訳が無い。証拠があれば別だが、明らかにお前の物ではないものばかりがお前の証拠に挙がる。
むしろそちらに疑問を抱いている」
常に冷静な彼がいぶかしむ相手とはと考える。ディーは安心させるようにその怜悧な視線を和らげた。
「私からも言っておこう。やはり気になるからな。冤罪など許しはしない。
そんな事が此処にあってはならないのだ。
それが晴らせればお前をすぐでも出すように言おう。しかし、お前だと肯定するものが出た場合はー
分かっているな?」
「勿論です。覚悟は決まっています」
その返事にディーは頷き、早足で部屋から出て行った。
彼の足音が去ってからシェロは嘆息する。
エイジアがシェロを危険視しているのは知っていた。神に殉じる身で噂では汚らわしい真似までしているとも。
そろそろ彼の息の掛かった見張りが来るだろう。そしてこの部屋の向こうにもまた尋問するために人が来る。
「徹底的に嬲る気なのかもしれないな・・・」
椅子に座りなおして眼を閉じて考えていると、ふと気配が部屋の向こうに生まれる。しかし扉の開いた音はしなかった。不審に思っていると向こうの部屋の椅子に誰かが座る音がする。
「・・・誰・・・ですか」
相手は答えない。何者かも分からない上に何も言われないとなるとこちらも対応に困る。
沈黙が苦しい。
エイジアやディーではない事と信じて日常会話を試みようと明るい声を出した。
「お、おはようございます。今日も良いお日柄ですか・・・?」
相手は答えない。
「あの・・・私は此処に入ったままなので日の様子などよく分からないのです。できましたらその位は教えてくださっても構わないでしょう?
雨は湿気でなんとなくわかりますが、曇りと晴れは判別が難しいと思うのです。晴れは今日も写本の心配をしなくて済みます。喜ばしい事です。
曇りだと保存を考えますし、装飾の糊が付き難いという事になるのです。雨などもっての外なのですよ・・・。
同僚達は今日も変わりないかも良ければ教えてほしいのですが・・・」
「・・・シェロ」
溜息と共に吐き出された自分の名。その声に眼を丸くする。
「・・・リーフ?何故此処に」
pielloの友が何故こんな場所にいてしかも尋問側にいるのだろう。相手は今まで閉まっていたほんの少しの窓を引き上げる。そこには不貞腐れたような呆れたような顔で、いつものように不思議なくらいの美貌が椅子に踏ん反り返っている。
作品名:laughingstock7-1 作家名:三月いち