laughingstock7-1
「一番側に居る者を疑うのは辛い事だ。私達にはこういう言葉があるよ。
「隣人を愛せ」と。神を信じろとは言わない。君の一番側にいる相手を信じる努力をすることは無駄な事じゃないと私は思う」
博愛主義らしい台詞を吐いてしまったが、きっと今のリーフになら伝わるとシェロは思う。自分に、自分の相棒に疑心暗鬼になっている彼を助けたかった。未熟な自分に何ができるかは限られていたが、こうして素直ではない方法で逢いにきた友の力になれる事をシェロは願う。
やがて、リーフが顔を少し上げてこちらを見ているのに気付いた。その表情は苦悶の後は抜けて、ほんの少し安堵しているようだった。
それを見てシェロは微笑する。
「・・・本当、とんだ聖職者様だ」
「それだけ軽口を叩けば大丈夫だね」
シェロがそういうとリーフは何とも言えない表情をした。そして真っ直ぐこちらをみてくる。
「僕は生きているかい?」
「・・・うん。君は生きて此処にいるよ。執着というなら、君は此処に来てくれた。これは執着に入らないのかい?」
「入れたくないなぁ・・・でも、これは誰でもない僕の意思だから・・・執着なのか」
苦笑しておいて自分で噛み締めるように言葉を紡いだ。シェロはふと思う。
「私は思うんだ。君も僕らも学習をする。・・・君はそんな回路は無いといったけど、学習していく回路はあるんだから君はもう執着を覚え始めているはずだ。いつか興味のある振りをしなくても良くなるかもしれない。誰かを想い、求める日がくるかもしれない。うん。信じていればきっとそうなるよ」
そうすれば彼の悩みは一気に解決する。リーフが楽しいと感じたり何度も行きたいと思えるような場所ができたりときっと世界が広がるのではないかと考えを身を乗り出すように伝えた。当の本人は驚いたようだったが。
「君って変だ」
「改めて言わなくても・・・」
「変だ。人の・・pielloの僕の為にどうしてそこまでできる」
今度はこちらが驚くほうだった。触れない硝子の向こうの彼に笑顔を見せる。幼い子を納得させるように微笑んで心から告げる。
「前に言っただろう?私達は友だ」
リーフは戸惑うように、けれど仕方ないといったように微笑んだ。
話が途切れて、二人で他愛無い話をした。日常あった事とか知らない地域の事、色々と今日のリーフは饒舌に話した。漆黒を纏う彼は、こうしてみると普通の青年なのに人々が畏怖する存在だった。なのに今はシェロと同じように屈託無く喋り、ほんの少し不器用そうに笑う。
あれ程艶やかに笑うのに、素の彼ではなかった。
ウサギに見せる彼こそ自然体なのかもしれない。ふと気付く。
「君はウサギの事を僕に頼んだね?何故か今、聞いてもいいかな?」
途端に近かった距離は遠ざかる。どちらかというと青褪めた彼の反応に少しは話す様子はあるようだとシェロは検討をつける。嫌なら彼は露骨に断るだろう。
「君なりにウサギの事心配していたんじゃないのかい?」
「・・・まぁ、その結果がろくでもない事の発掘さ」
言葉は肯定したが、自嘲するように吐き捨てた。
「・・・僕のウサギは自傷癖がある。それに対して僕はどうしても苛立ちを感じる。ならばそうする理由から取り除いてやればいいと思わないかい」
「ウサギの、自傷・・・」
愕然となる台詞を聞いたようで同じ言葉を繰り返す。
(ウサギでもするのか・・)
この話は終わりとばかりにリーフは立ち上がる。こちらからはリーフの胴体の辺りだけ視線に入る。
「・・・此処に閉じ込められているんだっけ」
「あ?ああ」
そういえば自分は此処で彼と談議をしていたが、状況が良くなったわけではなかった。つい話にのめり込んでしまっていたのだ。
今の状況を打破することを考えなくてはいけない。
ふと視線を感じると立ち上がっていたリーフが屈んでこちらを見ていた。
「ぅん?」
「助けてあげようか」
「それは・・・君に願いを言えって事かい?」
「そうだよ」
「・・・二度も君に願いを叶えて貰うという事か」
「珍しいことじゃない」
事も無げに彼は答える。
「一生を楽しくpielloに願いを叶えて貰って死んだ者もいるらしい。まぁ相当お人好しのpielloだったか、全て違うpielloが来たのか。
僕なら3回目で見放しているけれどね。
・・・けれど君にはまぁ今回迷惑をかけたから、貸し借り無しにさせてほしいだけだよ」
リーフなりにシェロの身を案じてくれたのだろうと思った。苦笑してシェロは彼に頷く。
ここで断っても自分の身の安全が図られるわけではない。何よりリーフが納得しないだろう。
「私が此処を出られたらいつもの部屋に来てほしい。写本を渡していないからね」
「・・・いいよ。君は律儀だ」
「君も、律儀だよ」
そういい返すと、彼は一瞬で空間に溶けた。リーフが来る前の静寂に戻り、シェロはまた眼を閉じる。
次に物音が立つとき、全て終わった後だろうと思う。
きっと何もなく平常な日々に戻るのだ。依頼者だけが違和感を残す世界へ。
それが正しいとは思わない。彼に頼る事でますます自分が望むとなっていることにシェロは内心自嘲する。
(本当に、僕は・・・)
選んだ道を変えるつもりはなかった。それは老司教に手を引かれてこの寺院に来た時から変わらない。むしろその想いは強くなる一方だったのだ。
理想だけを追わないでほしい。
シェロの願いも変わらずそれだけだった。
続く。
作品名:laughingstock7-1 作家名:三月いち