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laughingstock5-3

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 リーフは舌を噛みそうになりながら舌打ちし、声を荒げる。

「お前は要らない!僕が呼ぶまで帰ってろ」
 
硬直したように動きを止めた自分のウサギを見上げて、初めて哀れに思う。
 どこまでもpielloの人形の自分に付き従うウサギ。
 やはり何処か噛み切ったのかもしれない血の味のする唇を音もなく動かす。
 ウサギの姿が徐々に消えゆくのを見て、リーフは眼を閉じる。

(これでどのくらい持つだろうか・・・)

 時間はあまり残されていない事は何となく分かっていた。
 しかしリーフは単独で此処で動く必要があった。

「・・・よし。では、女の方は手筈どおりに。男の方はベナ公爵の別宅に運び込め」

 体が抱き上げられるのを感じながらこのままされるがままで良い。と思った。
 ほんの少し今まで行わなかった事をして疲れた。だから何も言わず目を閉じていた。


灯の殆ど無い館。夜動くためにその松明があるわけではない。
 その中を一人の青年が歩みを進める。
 同じく此処の騎士を務めている者達は外回りの警備に出ており、主の殆ど戻らないこの館には騒々しい気配が広がった。
 先日、遠い地にいる主が帰ってきたのだ。
 途端にメイド達や給仕達は慌しく動き始め、騎士達も警備を固めた。
 皆、身を護る鎧を忌々しく思いながらも自分の仕事を行っている。
 その中で一人休憩中に抜け出し、館の中へ戻ってきていた。人目を避け、日中話に聞いていた場所へ向かう。
 扉を押してみると鍵は掛かっていなかった。
 そのまま身を滑り込ませようとして、中から話し声が聞こえてきたために動きを止める。

「リーフ、私はこんな真似をしたい訳ではないんだ」

 声は我が主のものであった。それに返す者は無い。
 静寂が支配する。
 公爵は続ける。

「・・・君を彼らに渡すつもりは無いよ。他の収集家にも見せるつもりも無い。君は私を変えてくれた者だからね。けれど残念だが、此処から出すわけには行かない。
 君には聞きたい事が沢山あるからな」

 しかしそれに返す言葉は無い。

「・・・pielloの彼女の事は諦めてくれ。君を助けるためにはもう一人必要だった。
 ・・・また明日来る。今日はゆっくり身を休めてほしい」

 公爵が諦めて部屋を出てくる様子に、慌てて身を離し、近くの柱に身を隠す。
 完全に姿を消すのを確認した上で、今度こそ扉から身を滑り込ませる。そこには、かつて自分の前に現し自分の道を変えた者がいた。
 以前と同じく漆黒に身を包み、道化地味た姿で寝台に横になる姿はあの時のような不可解さはない。

「・・・久し振りに見た顔だな」
 彼はゆるりと視線を上げたが、また眼を伏せてしまう。
 しかし返事は返ってきた。

「もう会うことはないと思っていたよ。レイナス君・・・だったっけ?」
 
頷くと、気配で分かったのか青年は口元だけ笑みの形を作った。

「何をしにきたんだい?掴まったpielloの姿でも見に来たとでも?」
「そうだな。俺の人生を曲げた存在を見に来た」

 あの時、このpielloがいなければ、望んだ道を得たはずだった。あの街で、彼と共に生きながら。
 彼がいなければ、父は何も言わずに亡くなった筈だった。
 尊敬する父に内心逆らい続けた自分を、父は何も言わず何も気付かないまま逝ってくださったと思う事ができたのだ。

「此処は、本当に人を人と扱わない場所と知っていて俺を送り込んだんだな」

 青年は悪びれもせずに頷く。その姿を見て、感情を抑えるように握る手に力を入れた。

「・・・此処は一体なんだ?貴方のような存在を信じる者を人と扱い、それ以外の者を家畜や物の様に扱う。
 あの公爵は何なんだ?」
 まるで生きた屍のように使われる騎士達。此処は別宅という名の拷問場だった。彼に逆らった者は真っ直ぐ此処へ送り込まれる。
 又は欠けてpielloですらなくなった者さえも此処に。
 それらを処理するのがレイナス達の仕事となっていた。
「鎧は何の為にある?俺はこんな事の為に騎士に志願したわけじゃない!!」

 憤りをぶつけるように叫んでも、目の前のpielloは億劫そうに眼を閉じたままだった。だから何となく今まで疑問に思った事を呟く。

「・・・あの公爵は何を探してる?」

 初めて、彼が眼を開けて真っ直ぐレイナスを見つめる。その紅い瞳は何も問い掛けては来ないが、レイナスの言葉を待っているような気がして続けた。

「pielloに変質なくらいに固執していることは分かる。だが、何人ものpielloが此処へ投げ込まれる。
 ・・・まるで何かを探しているようだ。何をpielloの中に見ている?」
「・・・さぁね。変質者の事は僕には分からないよ」

 彼の気のない返事に改めて息をつく。

「ただし、彼は僕の中に何かを見たんだろうね。それから、あんな人形遊びを始めたから」

 驚き、眼を見張るが彼は世間話を話すように話していく。そこになんの感慨深さも何も感じられない。

「・・・なんだ。それは」
「僕には分からないよ。・・・僕を見てあの態度なら、僕らを見て何かに焦がれているんじゃないか?僕は人間とは違うから」
「お前が?」
「そうだよ。僕は人形だからね。彼は僕を視たことがあるんだ・・・多分、その時に何か思いついたんじゃないかな」

 彼の姿は確かに衣装は奇抜だ。男の癖に長く伸ばした髪を三つ編みにして縛っている。
 そして特徴的な右目の文様。紅い瞳。
 人間と違うといわれてもレイナスには判別もつかなかった。
 その様子を眺めてか彼は可笑しそうに視線を送っていたようだったが、やがて口を開いた。

「君はそんな事どうでもいいんじゃないのか?」

 今度はレイナスが問いただす方だった。

「・・・何のことだ?」
「僕のところに来たのは仇討ちかと実は思ってたんだけど、そうでもないようだったからちょっとね。
 突っつくのはやめておこうかなと思ったけど」
「何の話なんだ??」

 本気で分からない。青年の考える事が読めずに困惑する。

「君の幼馴染の事だよ」
 
その瞬間、彼の首に手を掛けていた。


「ユージンがどうしたって・・・?」

 首に力を入れているつもりだが、彼は顔色一つ変えない。ただやはり可笑しそうに下からレイナスの顔を眺めている。
 それが小憎らしく、そのまま寝台に押し付けて放す。
 特に咳き込みもせず、不思議そうにこちらを見る彼に改めて違和感を感じた。

「・・・苦しくはないのか」

 彼は答えない。
 その問いを忘れるように頭を振り、彼を睨み付ける。

「・・・ユージンの何を知っている?まさか何か・・・・?」

 ふと抵抗しない青年の眼に哀れさを誘うものが浮かんだ。けれどそれは気のせいだったか。
 彼はやはり人を馬鹿にしたような様子で答えたからだ。

「君達は本当に上手く出来ているね。僕らの間では考え付かない」
「・・・リーフ」

 彼の視線は既にレイナスではなく、空へ向けられている。その身体は弛緩したように力が抜けていたが。

「本当に、一番知るべき人間が知らないとはね」
「何の・・・話なんだ」
 
作品名:laughingstock5-3 作家名:三月いち