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laughingstock5-2

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 先程エイジアの言った事をまるで聞いていないような言葉に顔を顰める。彼は綺麗に笑って、窓際に視線を向ける。陽光がほんの少し入り込むだけのこの部屋。静かにしていると、どこかから聖歌の合唱が聴こえる。
 休憩時間が過ぎてしまったようだった。しかしエイジアは此処から今離れることはできない。自分が頼んだpielloの姿は今にも夕日の光の中に消えようとしていた。
 それを止めようと慌てて彼に声を掛けた。

「私は・・・今脅かされている。そう言った。貴方はそれに対して何もしてくれないというのか」
「僕の手を借りなくても貴方は此処にいられる。そう言ったのですよ。
 もう、脅かしていた相手に圧力をかけた後ではないのですか」

 その通りだった。エイジアはもう手を打っている。しかし生まれて初めて自分が手を汚す事になる事に不安を感じていたのだった。エイジアは嘆息し、彼に背を向けて扉を目指す。

「・・・私に貴方は必要ないか」
「ええ。貴方にできる事が僕にはありません。
 ですので、どうぞご存分におやりになられたらいい」

 pielloの彼はそういうと気配が消えた。エイジアが僅かに逸らしていた視線を上げると彼の姿は何処にもなく、閉まっていた筈の窓が開き、カーテンが靡いていた。

(私が欲しかったのは後押しされる事・・・か)

 間違った道でも自分が選んだ道だった。醜く落魄れていると言われようとエイジアの願いの為の犠牲と信じて行っていくために。
 歩き始めようとしてもう一度窓を見る。

 だが、近付く気持ちは生まれなかった。
 
 

 窓一つないという点ではまだ我慢ができる。食事も出てくる。私刑とか行われる訳でもないため、腕節に自信の無い自分的にはマシな環境なのだろうと思う。ただ、狭い。
 身体的に肩身の狭い思いをしながら椅子ではなく床に座り込んでいた。
 一晩、懺悔室に入れられて尋問をされているシェロは現在とんでもなく途方に暮れていた。

(仕事、滞りなく進んでいるだろうか・・・神の祈りもさせてくれないし)

 普段行っている事を取り上げられるとこれ程に不安になるものかとしみじみと思う。
 忙しく働く自分を慕ってくれる同僚達の姿が目に浮かぶ。
 そこへ扉を2回叩く音がした。

「・・・はい?」
「私です。写本書写修道士長」
 
とても小さな声のため、聞き取るために扉に近付く。しかし私と言われてもシェロにはまったく分からないため、問い返した。

「あの・・・どなたですか」
「分からないのですか」
 
余計に分からない。

(何だか丁寧語が不似合いな声だなぁ)

 などと思いながら耳を澄ます。

「ってさっさと気づけ。俺だよ」

 いきなり変わった口調に、納得を覚え―思わず叫んだ。

「アレス様!!」
「ぴんぽーん。あまり大声は出せねぇしこの口調は命取りなんで早く済ませるわ」
 
そういって彼は声を低めて囁くように話す。

「お前、エイジア修道士長に此処へ入れられたんだってな」
 懺悔室に入れらされたとき、執務室に来た彼はそう名乗った。けれどシェロの知る名ではなかったのだ。
「あの方はお前を危険視している。厄介者なんだろうな、お前お綺麗な事しかしてない上、下に慕われてるから 」
「・・・そんな事を言われても。私はあんまり上に元々好かれた事が無いので・・・」
「エイジアだけじゃないって事か。でもよ、エイジアは裏で相当やばい事してるらしい。
 それを皆黙認してやがる。けどよ、お前はそれを知ったら何とかしようと思うだろ?
 誰の息もかかってないしな」
「・・・私はそんな事をしませんよ。そんな力は無い」
 
自嘲気味にシェロは言った。そんな力があれば当に何とかしている。

「けど、お前は大聖堂で最も知識人だ。・・・教皇様に助言をされたりしているだろう?」
「ええ。私などに請うて下さりますので、道を照らす手伝いくらいは・・・」
「お前は最も政治に関わっている」
 
はっきりとアレスは言った。そうなのだろうか。
 シェロの些細な助言は確かに彼らと民のためを思う発言であると信じている。
 しかしそれら全てが通るわけではない。

「お前は教皇に助言できる力を持っているんだよ。・・・それを面白く思わない奴は多い。
 逆にお前を手に入れた奴は政権の一部を握ることができると言っても言いすぎじゃないぞ。
 お前の頭は俺らが保障する程良いからな。
 お前を消して息の掛かった者を次の写本書写修道士長にしてしまえばこれ程簡単なものはない。
 ・・・現にお前は冤罪をかけられて此処にいるが、屈する気は無いんだろ?」

「それは・・・勿論」
「じゃあ懐柔なんて元から無理な話って訳だ」

 話が大きくなったため、シェロは慌てて否定する。

「アレス様、買い被りすぎです!私にそんな力は無い」

 アレスはふ―っと溜息をついて、宥めるように叱るようにゆっくりと答える。

「お前の謙虚さは利点だがな。そろそろ自分の価値に気づけ。他人はお前が思っている程、お前を軽視してないって事だ。
 ・・・そうしねぇとお前の大事なもんはさっさと奪われるぞ」

 シェロはさぁぁと自分の顔から血が引くのを感じる。震えるのは握り締めた両手だった。
 何故という気持ちと何処かで分かっていたという気持ちが苛んでいる。
 身も知らぬ上位聖職者が自分を尋問にかけてきた事にシェロなりに考えていた。それはこの地位なのだと。

(・・・考えなくては。このままでは流されてしまう)

 アレスの言葉は続く。

「さっき、リリの事を聞かれた。今、行方不明らしい。俺の拾い子は困った事になっているようだぜ。
 シェロ、口が裂けても言うな。リリは俺の拾い子だ。良いな?」
「・・・何故ですか」
「うん?」

 シェロは震える手を押さえて問い掛ける。扉の向こうで身を潜めている兄代わりの男に。

「何故、そうまでして私を助けてくれるのですか。私のせいでアレス様、貴方の身に危険が忍び寄っているとい
 うのに。」

 アレスはすぐに答えなかった。顔は見えないが、多分困っているのだろうと思う。

「・・・いいじゃねぇか。知り合いのよしみだ。弟分を護りたいと思う。それじゃ、駄目か」

 今度はシェロが言葉に詰まる方だった。
 そんなシェロなどお見通しなのだろう。扉の向こうで苦笑する気配を感じる。

「シェロ、そんな真面目に考えんなよ。俺は俺のやりたいようにやってるだけなんだ。
 だから、お前もやりたいようにやれよ。
 お前は何の罪も冒していない。少々の無茶もお前こそ神が護ってくれるさ」
 
優しい言葉に胸が温まる気がする。けれど同時に胸を切り裂く言葉でもあった。シェロは彼の信頼を裏切っている。扉に額をつけて言葉を選び、搾り出すように伝える。

「アレス様、私はそんなに綺麗な人間ではないのです。もう、罪を犯しました」
「シェロ?」

 咎めるような声音に顔を見て謝りたかったと思いながら続ける。

「私は、私を慕う者を護るためにpielloを呼びました。そして自分ではできない事を彼にしてもらっているのです」
「・・・piello。人の願いを叶える者か。それは・・・人を殺めるとかじゃないよな」
作品名:laughingstock5-2 作家名:三月いち