laughingstock1-3
そこまで言ってはっと口を噤む。それは内部の腐敗を正確に自分は知りえ、それに対する処置ができただろうか。外の情勢を知りたいのは本当だった。それは、言い換えると内部の動きを知るためではないのか。
「君は疑念を持ってるといった。最も賢く最も知識人の地位にいる君は、内部の不穏な動きから自分の同僚を護るために知る事が依頼だと僕は思っ た。解釈は間違っていたかい?」
「・・・いいや。ただ気付いていなかっただけだ。私は、愚かだな」
どこかで分かっていたのに気付かなかったことに臍を噛む様な思いに駆られる。逆にはっきりと目的を言ってくれなかったリーフに恨みたい気持ちもある。彼は窓にもたれかかってシェロを見ている。何の感情を写す事無く。
その髪が赤い夕焼けに染まって明るい赤に染まっている。
(・・・さっき同じ事を思わなかったか?)
同僚が来る前に思った。そして昼には金色に染まっていたと。
シェロは彼を改めて凝視する。派手な衣装を取り外せば、彼は細身だろう。帽子を取り除けば背はそれ程高い方ではない。二つの三つ編みを解くにしても解かなかったとしても女性のように髪が長い。そして整った中性的な顔立ち。
(女に・・・見えないか?)
尋問した者達が言った草の蔓の文様、赤目、隠すことはできないモノ。シェロはそんな文様が入った者を見たことが無いし赤眼は特徴的だった。
「リーフ、君は・・・もしかして尋問した彼らを誘い出さなかったか?」
リーフは黙って口元だけ笑みを浮かべている。いつもの表情だ。
目は絶対に笑わない。シェロは続ける。
「私は君の事をあまり知らないけど考えたんだ。君なら私の依頼を長引かせずに終わらせたいんじゃないかと。
なら、手っ取り早く証拠を出してしまえばいい。私を納得させる物を。
それに最初が肝心とも言っていたね。これで君と契約するという意味を分からせたかったんじゃないか?
人間観察と言っていたのも私を観察しているのかと思っていた。しかし君は私の周囲の人間の聡さと行動、問題の彼らを見ていた。
彼らは君の計画通り、外へ出て行った。それを目撃させて、私は君の読みどおり最初の情報を手に入れることができた
違うかい?」
リーフは目を瞬かせ、両手でぱちぱちぱち、と拍手をシェロに送った。彼は本当に愉しそうにこちらに歩みを進める。
「お粗末な結果だったけどやっぱ秀才様は分かっちゃうか。お付きが優秀だったのかあいつらの吐きっぷりの良さには呆れを通り越して笑いが生まれるね」
自分の考えは間違ってはいない事を証明され、少し息を吐く。けれど今、リーフの前で気を抜くことはそのまま首を掻き切られそうな危険をシェロは感じる。
言葉を選びながら近付いてくる彼と視線を合わせる。
「・・・君が女の格好をしたなんてあまり想像できないけどね」
「女だなんて一言も言ってないよ。勝手にあいつらが勘違いしただけさ。・・・それにしても」
リーフは至近距離にきてその赤い眼を細める。
「本当に面白いねぇ君は。僕を知っても物怖じしないし大切な物を巻き込まれても自分の必要な物が手に入ればその眼は僕を許してる。
それより真実を追究してる。僕の事も知ろうとしている。そんな眼だね」
「・・・いけない事かな」
背筋が冷える気がする。彼の気配に圧されているのだろうか。息苦しい。
「いいや。構わないよ。世の中には知らなくても良い事がある。
けれど君が君として望むものは全て手に入れて良い物だと僕は思うよ」
その肯定に驚き、シェロは思わず彼の袖を掴んだ。ふわりとした生地は掴んでいないと逃げられてしまいそうな感じがする。
「君も良いって事?」
逆にリーフが眼を開く方だった。そしてあははと以前のように笑ってシェロの頭をぐしゃぐしゃにした。ほとんど年齢は変わらないように見えるのにまるで子どもにされているようだ。
「・・・リーフ、」
「構わないよ。君は本当に面白いね。僕を欲しがる人間は何かいっぱいいるけど、君はそんなつもりで言ったわけじゃないんだろ?」
「勿論だよ。私は前に言った。私と君に上下は無い」
信じてもらえてないのかとシェロは眉を寄せて彼に言う。ほとんど背の変わらない彼より自分の方が男らしい顔をしているし凄んだ事は無いが一生懸命睨み付けた。
リーフは苦笑と言うしかない表情で自分の袖を握るシェロの手を取った。そのまま自分の後頭部に持っていく。
「リーフ?」
シェロの手に当たるものは小さな鍵というか螺子だった。その根元へ触れていくとそれはリーフの髪を掻き分けて頭皮に刺さっている。
驚いて至近距離のリーフの顔を見ると困ったような顔で見返している。
「長い付き合いになるから。それに君なら大丈夫そうだし。教えておこうと思って。
僕は多分人じゃない。名も無きウサギが僕の螺子を回して動かしているんだ。
螺子はいつか戻っていく。そうしたら仕事が来ないと僕は眠り続けなきゃいけなくなる。
君に逢いに来れなくなる日が何日・・もしかしたら何十年あるかもしれない。
けれどそれは君が僕を必要としなくなった時だから心配しなくいい。
それを言っておかなきゃと思っていたんだ」
シェロは言葉をなくして道化の格好をした彼を見つめる。彼は特に悲壮な様子は無い。事実を伝えているだけだ。
逆にシェロが悲しい気持ちに駆られそうになった。
しかし彼は自分の存在に対して何の疑問を持っていないのだろう。きっと興味が無いのだ。
「リーフ、私にできることは本当にないのかい?無償という事を信じない者もいるから、無償が嫌なら依頼の報酬としてでもいい。
私は君を利用して此処に在ろうとしている。君も私を利用しないか」
聖職者にあるまじき台詞だと思う。しかし自分のできる範囲で彼に与えても彼は悪用しないだろうと思う。神の下にいない人に渡しても咎められる者はいないと思うのだ。
それを言うなら聖職者の身で俗界を棄てきれず、神を信じそんな穢れた自分を捧げようとする自分が最も罪深い。
リーフは部屋を見渡し、ふと机の上の写本が目に入ったようだ。
「・・・神の言葉を書き写しているんだっけ」
「ああ」
リーフはシェロを見て、悪戯を思いついたような表情をした。
「ならば、写本を一部余計にシェロが書いてくれないか。僕の為に。他には見せないし読み次第消去する。」
「・・・それは多分構わない。pielloの君なら。全てかい?」
「そんなに読む暇は無い。神が創った有名な太陽と月、陰と陽の話があるはずだ。
それに関する物を渡して欲しい」
「ああ。お安い御用だ」
シェロの中でこの部屋にある書簡の内容と場所を思い出す。
「次に君が来る頃に渡せるように仕上げておく。一度に書ける量ではないが構わないか?」
「構わないよ。どうせ僕も君に情報を渡しに来ないといけないから」
そういって手を空中で振ると現れた久し振りに見る巨躯にシェロは口元を綻ばせた。
(2回目だとあの大きさにも慣れるなぁ)
ウサギがぺこりとこちらに礼をする。あぁ器用だと思いながら自分も頭を下げる。
リーフは両方を見てやはり苦笑している。
作品名:laughingstock1-3 作家名:三月いち