laughingstock1-3
1章3 Finale is....
いつものように聖務をこなしながらシェロはおかしい事に気付く。普段から行っている事だからと間違えるわけではない。
「・・・足りない?」
出来上がった書類が何冊か足りない。指示を聞き間違えたのだろうか。
首を傾げながら書類をにらめつけていたら部屋に同僚が入ってきた。
「シェロ様、少し時間を構いませんか?」
書類を整頓しにくる同僚がその手を止めてまでシェロに話したいことがあると言ってきた。
「ああ。どうかしたか」
「仕事の事ではないのです。」
修道院は修道士たちが世話を求めてやってくる旅人や巡礼者、あるいは単なる通行人を受け入れる聖務を行う者たちがいる。そこが外界と繋がる唯一の入り口とも言える。彼はそこから本来外界へ出ることを許されていない写本書写修道士が何人か出入りしている事をシェロに伝えた。
「修道院長に伝える前にシェロ様に伝えておかなくてはと、思いまして」
「誰からの情報だ?」
「私です」
思わず真面目な同僚の顔を見上げるシェロに彼は苦虫を噛み潰した様子で続ける。
「誰かもはっきり分かりました。しかし目的がはっきりしません。けれど外界へ出ただけでも処罰もの。
シェロ様、どうなさいますか」
本当はすぐ修道院長に伝えるべきだろう。シェロは少し考えて同僚に伝える。
「相手が分かっているなら目的を吐かせろ。地下を使ってもいい」
地下は要は私刑の場だった。シェロはあそこに良い思い出はない。けれど修道院長に伝えることは剃髪され追放されることだ。
できたらシェロは自分の同僚をそんな目に合わせたくなかった。
彼が出て行ってすぐにいつもの気配を感じた。
「意外だな。シェロは優しいだけだと思ってたけどキツいんだね」
リーフに振り返る事無く机の上に組んだ両手を見つめる。
「こんな事をしたい訳じゃないよ。ただ私は一番年下の部類だけど年齢どうこうの前に写本書写修道士長だから。
これが神の試練なら私は耐えて見せるよ」
「他の同僚の為にも?」
「そう。彼らを見捨てる訳にはいかないから」
振り向かなかったシェロにリーフの表情は分からない。しかしそれはシェロにとって大きな問題ではない。今は自分の中の呵責に耐えるばかりだった。
「修道士たちは自らを神に捧げれば、それと引き換えに、人々の罪を購うため神の慈悲を得られる。それが俗界を棄てるという考え。
私は自分を殺してでも彼らを護る事がこの大聖堂に存在する意味だと思う」
リーフは返事を返してこない。気配を感じるから側に居るのだろうが何も返さない。ようやくシェロが顔を上げるとリーフは
何も楽しい事を言っていないのに嬉しそうに笑っていた。
それを見て初めてシェロは恐怖よりリーフの本質を見た気がした。彼が今までで自分の前で笑ったのは声を上げて笑ったあの一度だけだったのだろう。後は全て彼の作られた顔だ。
最初から何処か薄っぺらい膜に包まれているような気がしていたからと服装で彼を「奇術師」だと思ったのだ。
表現は間違っていないのだろう。シェロは困ったように苦笑した。
「君が本当のリーフだよね」
リーフはそれはそれは愉しそうに近付いてきてシェロのすぐ側まで近付いてきた。
「君はまっすぐで鈍感だと思ってたけど鋭いね。僕を見分けるのはあのウサギだけだと思ってた」
「彼は君を大事にしてるように思えたよ」
リーフはそれこそどうでも良い事のように鼻で笑う。
「そういう性格なのさ。そう。あいつは今はどうでもいい。
シェロ、君は一途なほど周囲と信仰が大切って事がよく分かったよ。本当に制度通りじゃないけど聖職者として生きて聖職者として死ぬ人間だと思う。
だから僕は此処数日考えていたんだ。
君にどの情報を渡そうか。何を渡したら君が満足するか」
彼は格好に似合うようにおどけてみせる。色素の薄い髪が夕日に反射して赤くみえる。昼間だとオレンジと黄色を混ぜたような金色に見えていた事を思い出す。髪と同じく彼は色々な物を写すのだろう。彼自身を奥に閉じ込めたまま。
「これから渡していく情報がどんな物か、最初が肝心だと思わないかい?だから手っ取り早く君の知らない情報を最も自然な方法で伝えることにした」
まだ、彼はシェロに何の情報も渡していない。しかし彼はもう渡したとばかりの様子だ。
「もっと分かりやすく言ってくれないか。リーフ、一体何の話を・・・」
響く部屋のノックの音。弾かれたようにそちらへ視線を戻すと憔悴した表情で地下へ行っていたはずの彼がいた。
「シェロ様」
「どうした・・・!?」
驚いて駆け寄ると血の匂いが纏わり付く。彼は自分の命令で私刑をしてきたのだ。その現実に膝が震えた。
(分かっていた事だろう・・・?これが僕の聖務だ)
「・・・彼らが言うには前から抜け出しては巡回の者と合流していたようです。そして人々が神への布施として我らに渡していた物を横領、そして 禁欲の規制を破っていた事、そして我らの写本を高価で独自に売り裁き、自分の財産としていた様子です・・・」
足りない写本の意味は此処にあったのかとシェロは彼の肩を掴んでいた手を離した。
「ご苦労だった。この件は修道院長に報告する・・・。他にも行っている者もいるかも知れない。
厳重な措置を取って頂く」
「・・・分かりました。では私は失礼します」
同僚が出て行く前にシェロは彼を呼び止めた。
「何故、今回見つかったのだ?」
「あの時間に出て行く事は今まで無かったそうです。しかし、名も知らない金髪で赤目の女が自分達と約束を取り付けていたと・・・」
「?」
「よく分からないのです。本人達も目を引くような女性だったというのと草の蔓の文様が右目の縁に入っていて、自分達と取引したいと言っている という事を他の者から聞いてそのまま出て行ったとしか・・・。
彼らの横領した財産は一部上位聖職者にも賄賂としていっていたようで・・・嘆かわしいことです」
そういって今度こそ彼は出て行った。呆然としたまま立ち尽くし、搾り出すように声を出した。
「これが君の言う「情報」か・・・?」
「そうだよ。シェロ、君が知りたかった一番の情報だ」
リーフは否定しようとしたシェロの言葉を読み取ったように先に答えた。
内部の腐敗。それが指し示すことは、一体なんだ。どこまで考えていいのだ。
「混乱する気持ちは分かるよ。答えは少しずつ教えてあげるから。
今、君達を束ねる者である教皇と皇帝の間で聖職者の叙任権を争っているらしいんだ。
当初は世俗領主による教会授与行為、のちによる国王による司教・大修道院長任命、司教叙任権とかに批難の声が広がったんだって。
ずっと教皇は力が無かった。今反旗を翻そうとしているんだよ。
上層部は揺れているはずだ。どちらにつけば甘い蜜を吸えるか大忙しだろう。
民衆だって噂は聞いている。巡回する君の仲間に問い詰めているだろう。けれど君達の上の人間はそんな事を騒がれては「経営」に支障が出てし まう。結果が出るまで隠したいはずだ」
「何故・・・それを最初に私に教えてくれなかったんだ!?教えてくれていたらこんな事・・・」
いつものように聖務をこなしながらシェロはおかしい事に気付く。普段から行っている事だからと間違えるわけではない。
「・・・足りない?」
出来上がった書類が何冊か足りない。指示を聞き間違えたのだろうか。
首を傾げながら書類をにらめつけていたら部屋に同僚が入ってきた。
「シェロ様、少し時間を構いませんか?」
書類を整頓しにくる同僚がその手を止めてまでシェロに話したいことがあると言ってきた。
「ああ。どうかしたか」
「仕事の事ではないのです。」
修道院は修道士たちが世話を求めてやってくる旅人や巡礼者、あるいは単なる通行人を受け入れる聖務を行う者たちがいる。そこが外界と繋がる唯一の入り口とも言える。彼はそこから本来外界へ出ることを許されていない写本書写修道士が何人か出入りしている事をシェロに伝えた。
「修道院長に伝える前にシェロ様に伝えておかなくてはと、思いまして」
「誰からの情報だ?」
「私です」
思わず真面目な同僚の顔を見上げるシェロに彼は苦虫を噛み潰した様子で続ける。
「誰かもはっきり分かりました。しかし目的がはっきりしません。けれど外界へ出ただけでも処罰もの。
シェロ様、どうなさいますか」
本当はすぐ修道院長に伝えるべきだろう。シェロは少し考えて同僚に伝える。
「相手が分かっているなら目的を吐かせろ。地下を使ってもいい」
地下は要は私刑の場だった。シェロはあそこに良い思い出はない。けれど修道院長に伝えることは剃髪され追放されることだ。
できたらシェロは自分の同僚をそんな目に合わせたくなかった。
彼が出て行ってすぐにいつもの気配を感じた。
「意外だな。シェロは優しいだけだと思ってたけどキツいんだね」
リーフに振り返る事無く机の上に組んだ両手を見つめる。
「こんな事をしたい訳じゃないよ。ただ私は一番年下の部類だけど年齢どうこうの前に写本書写修道士長だから。
これが神の試練なら私は耐えて見せるよ」
「他の同僚の為にも?」
「そう。彼らを見捨てる訳にはいかないから」
振り向かなかったシェロにリーフの表情は分からない。しかしそれはシェロにとって大きな問題ではない。今は自分の中の呵責に耐えるばかりだった。
「修道士たちは自らを神に捧げれば、それと引き換えに、人々の罪を購うため神の慈悲を得られる。それが俗界を棄てるという考え。
私は自分を殺してでも彼らを護る事がこの大聖堂に存在する意味だと思う」
リーフは返事を返してこない。気配を感じるから側に居るのだろうが何も返さない。ようやくシェロが顔を上げるとリーフは
何も楽しい事を言っていないのに嬉しそうに笑っていた。
それを見て初めてシェロは恐怖よりリーフの本質を見た気がした。彼が今までで自分の前で笑ったのは声を上げて笑ったあの一度だけだったのだろう。後は全て彼の作られた顔だ。
最初から何処か薄っぺらい膜に包まれているような気がしていたからと服装で彼を「奇術師」だと思ったのだ。
表現は間違っていないのだろう。シェロは困ったように苦笑した。
「君が本当のリーフだよね」
リーフはそれはそれは愉しそうに近付いてきてシェロのすぐ側まで近付いてきた。
「君はまっすぐで鈍感だと思ってたけど鋭いね。僕を見分けるのはあのウサギだけだと思ってた」
「彼は君を大事にしてるように思えたよ」
リーフはそれこそどうでも良い事のように鼻で笑う。
「そういう性格なのさ。そう。あいつは今はどうでもいい。
シェロ、君は一途なほど周囲と信仰が大切って事がよく分かったよ。本当に制度通りじゃないけど聖職者として生きて聖職者として死ぬ人間だと思う。
だから僕は此処数日考えていたんだ。
君にどの情報を渡そうか。何を渡したら君が満足するか」
彼は格好に似合うようにおどけてみせる。色素の薄い髪が夕日に反射して赤くみえる。昼間だとオレンジと黄色を混ぜたような金色に見えていた事を思い出す。髪と同じく彼は色々な物を写すのだろう。彼自身を奥に閉じ込めたまま。
「これから渡していく情報がどんな物か、最初が肝心だと思わないかい?だから手っ取り早く君の知らない情報を最も自然な方法で伝えることにした」
まだ、彼はシェロに何の情報も渡していない。しかし彼はもう渡したとばかりの様子だ。
「もっと分かりやすく言ってくれないか。リーフ、一体何の話を・・・」
響く部屋のノックの音。弾かれたようにそちらへ視線を戻すと憔悴した表情で地下へ行っていたはずの彼がいた。
「シェロ様」
「どうした・・・!?」
驚いて駆け寄ると血の匂いが纏わり付く。彼は自分の命令で私刑をしてきたのだ。その現実に膝が震えた。
(分かっていた事だろう・・・?これが僕の聖務だ)
「・・・彼らが言うには前から抜け出しては巡回の者と合流していたようです。そして人々が神への布施として我らに渡していた物を横領、そして 禁欲の規制を破っていた事、そして我らの写本を高価で独自に売り裁き、自分の財産としていた様子です・・・」
足りない写本の意味は此処にあったのかとシェロは彼の肩を掴んでいた手を離した。
「ご苦労だった。この件は修道院長に報告する・・・。他にも行っている者もいるかも知れない。
厳重な措置を取って頂く」
「・・・分かりました。では私は失礼します」
同僚が出て行く前にシェロは彼を呼び止めた。
「何故、今回見つかったのだ?」
「あの時間に出て行く事は今まで無かったそうです。しかし、名も知らない金髪で赤目の女が自分達と約束を取り付けていたと・・・」
「?」
「よく分からないのです。本人達も目を引くような女性だったというのと草の蔓の文様が右目の縁に入っていて、自分達と取引したいと言っている という事を他の者から聞いてそのまま出て行ったとしか・・・。
彼らの横領した財産は一部上位聖職者にも賄賂としていっていたようで・・・嘆かわしいことです」
そういって今度こそ彼は出て行った。呆然としたまま立ち尽くし、搾り出すように声を出した。
「これが君の言う「情報」か・・・?」
「そうだよ。シェロ、君が知りたかった一番の情報だ」
リーフは否定しようとしたシェロの言葉を読み取ったように先に答えた。
内部の腐敗。それが指し示すことは、一体なんだ。どこまで考えていいのだ。
「混乱する気持ちは分かるよ。答えは少しずつ教えてあげるから。
今、君達を束ねる者である教皇と皇帝の間で聖職者の叙任権を争っているらしいんだ。
当初は世俗領主による教会授与行為、のちによる国王による司教・大修道院長任命、司教叙任権とかに批難の声が広がったんだって。
ずっと教皇は力が無かった。今反旗を翻そうとしているんだよ。
上層部は揺れているはずだ。どちらにつけば甘い蜜を吸えるか大忙しだろう。
民衆だって噂は聞いている。巡回する君の仲間に問い詰めているだろう。けれど君達の上の人間はそんな事を騒がれては「経営」に支障が出てし まう。結果が出るまで隠したいはずだ」
「何故・・・それを最初に私に教えてくれなかったんだ!?教えてくれていたらこんな事・・・」
作品名:laughingstock1-3 作家名:三月いち