オレたちのバレンタインデー
「だがオレは、Iさん、度胸がないから、Iさんのクラスに行けなかった。そこでTeacher.Aをけしかけて、副会長の配下がオレのところに来るように仕向けたんだ。期待通り、来てくれたよ。ただ、まさか副会長直々にいらっしゃったとは気付かなかったが」
こいつの言っていることは、もしかして全て本当なのか? いやそんなはずは……。
「ところがオレはまたしても度胸がない。Iさんに何も言えず、かえって反対しているという印象を残してしまった。それに、誰に聞いた、と問われても、Oが罰せられるのではないかと恐れて曖昧な返事をしてしまった」
Iは、疑わしげな顔で、あいつを見据えている。
「だから、わざと捕まって、本部に連れていってもらおうとした。だが、今の段階ではブラックリストに載るだけなのだね。そこで、遂にオレも腹を括り、パトロール隊にその旨を伝えた」
Iがぱしぱしと湿った手で拍手した。
「本当ならご苦労なことでした、問題児君」
「本当だ」
あいつは瞬き一つせずきっぱり言い放った。
「オレはバレンタインを憎んでいる。少しカッコつけているだけの男ども、やつらにキャーキャー言ってチョコレートを渡すおさんからな女ども。二つとない醜悪な光景だ」
Iの皮肉に歪めていた唇が真一文字を結んだ。眼鏡はまだ油断ならないと光っているが、彼の気持ちがぐらぐら揺れているのが見て取れる。
「なあ、仲間に入れてくれ。オレ、きっと役に立つから」
Iは静かに僕を見た。僕はなるべく平静を装って、
「すみません、名前を勝手に教えてしまって。――でも、彼の人格は保証します」
完全には信じそうにない。だが、とりあえず危機は脱したのだ。
「分かりました。O君の失態はなかったことにしましょう。
問題児君、あなたはアンチ・バレンタインデー計画の一員です」
Iが硬い声で言った。
作品名:オレたちのバレンタインデー 作家名:貴志イズミ