世界はひとつの音を奪った
「おおっっ!?」
きっとアホな顔をしていたであろう一瞬に慌てて、僕は顔を上げた。
のんびりと声をかけてきた彼が太陽を遮り、逆光で表情がよく見えない。
「は、はいはいっ!?」
「あ、えと、…み、見ていいですか?」
柔らかな声。
僕はサングラスを少し上げ、視界に光を取り込む。
声は一瞬、女の子なのか男の子なのか、よく分からない感じがした。
いわゆる両声類か?
だから顔を見たわけだが、その容姿も表情もまた微妙。
さらさらとしたショートロングは、太陽の光に天使の輪を描いているし、どちらかというと小柄。化粧はしていないようだが、なんか妙に顔立ちがはっきりしている。
というわけで、僕は瞬時に彼が男の子だか女の子だか、男の娘なのかはたまた逆か分からなかったわけだが、
「…あ、あぁ。いいよもちろん。修学旅行かい?」
ありがたい事に、きっちりと着込んだ学生服は学ランで、金色のボタンが綺麗にそろっていた。
結という文字が書かれているボタン。
この辺では見ない校章だ。
「え…?…あ、いえ。散歩です。」
「学ランでこの辺を散歩してる子、はじめて見たよ。」
サングラスを戻し、僕がクスクスと笑うと、彼は恥ずかしそうに下を向いてしまった。
「…や、やっぱり制服って、変ですかねえ…。」
ありゃ。凹んじゃったかな?
「いやいや、上半身裸で歩いてる男だっていなくもないよ?」
「えええ!?」
「あっはっはっはっは」
彼は本当に驚いたように声をあげるもんだから、僕はつい噴出すように笑った。
「いやいや、そんなもんだって。だから真面目にボタンとめて学ラン着てるから、ちょっとエライなって思ったんだ。別に変な意味で言ったんじゃないよ、ごめんね。」
まだ拍子抜けしている彼に、僕は口元だけでニヤっと笑った。
「う、上着脱いだほうがいいですかねぇ…」
「…僕にそんなこと聞かれてもねぇ…、ハハハ」
酷く真剣に悩んでいる様子が、なんだか面白くてたまらなかった。
いや、こういうのを天然というのだろう。
なかなか最近お目にかかれない真面目な少年だ。
作品名:世界はひとつの音を奪った 作家名:黒春 和