世界はひとつの音を奪った
ノイズという男
東京の山手線のとある駅で降りたとある賑やかな街。
僕がどの駅で降りようが僕の自由。
ステッカーをペタペタ張りまくった古いトランク。
黒のジーンズに白コート。
おまけに目立つ銀髪と、某アーティストにもらったレアサングラス。
月に一回くらい職務質問を受けてはいたが、最近はおまわりさんも顔なじみ。
黒人の同業者はグーで挨拶する代わり、酒をたまにおごってくれるいい奴ら。
裏道のスーツは触らぬ神で、黒帽子なんてもっと逃げとけ。
あと、人ごみの中ではタバコはご法度。
僕の名前はノイズ。自称自営業で、住所不定。
歳はたぶん23歳くらい。
…大人になると誕生日を数えるのがメンドくなるって本当なんだね。
好きなものはたくさんのお金と、可愛い女の子。
汚れきったアスファルトと、ひび割れた花壇、眩しいだけで色のない空。
自分の声もかき消されるほどのBGMバトル。拡声器での呼び込み商戦。
その場に倒れこむことも出来ない人混み。100円の自販機。マイルドセブン。
どれもこれも、僕は結構好きだ。
もっといい物を好きになったらどうかって?
これでもよくなった方なんだよ?
生きるのがつまらない、なんて思わなくなったんだもの。
世界は僕を愛していないだなんて、言わなくなったんだから十分進歩でしょ?
ほら君の手をとって、そっと口付してやる事だって、今の僕には出来るんだ。
君が抱いてと囁くのなら、その路地を曲がってホテルに行こうか?
君が愛してというのなら、次の朝日が昇るまで腰に手を回そうか?
そして
君が嫌いだと告げるなら、すべての痕跡をゼロにして、君の前から消えてみせる。
どうだい?これが…これこそがっ!
…これが、人間なんじゃないのかい…?
作品名:世界はひとつの音を奪った 作家名:黒春 和