世界はひとつの音を奪った
彼女は今、美容師になるために、僕が紹介した美容院に住み込みで働いている。
それはたぶん間違っている。
彼女も僕もそれを分かっている。
人生を左右するようなことを、本来は彼女が切り開かなくてはならない事を、僕が手助けしてはいけないのだと。
それでも彼女は今やれる精一杯の夢を追いかけている。
こんなに眩しい人間がいるのだろうかと僕は思う。
やりたいことの為にすべてを捨て、彼女はこの街に来たという。
やりたいことの為とはいえ、そのやり方には少々問題があるが、当時15歳の少女のするべき事ではない。
そして出来ることでもない。
だが、僕にはそれを間違っていると責めることは出来ない。
そして責める者から僕は彼女を守ろう。
間違っている。何もかも間違っている。
だが、現実は正しくならず、そして叶わない事は誰が否定できるのか。
夢は絶対叶うと言うは安いが、どうしても叶わない者もいるだろう?
彼女の家は美容師の夢を認めなかったそうだ。
ならば認めてもらえるように努力すべきだと人は言うだろう。
それはいつまでだ?どのように?無理な事は決してないだと?
ならば彼女に答えて見せろ…と、僕は問いたい。
この世界には、必ず不可能がある。
なればこそ、僕たちは無理をしているのだ。
それが間違いだと分かっていても…
なんという詭弁だろうと、僕は自分を嫌う。
作品名:世界はひとつの音を奪った 作家名:黒春 和