Future Star
喉に渇きを感じて目が覚めた。
また、いつの間にか眠っていたらしい。
カーテンの向こうの大きく開いた窓から見える月の角度が、夜明けが近いと教えてくれる。
夜明け前の独特な温い風が頬を擽った。
間もなく日が上り、新たな一日が始まってしまう。
そのことが、いつもなぜか私をたまらなく不安な気持ちにさせる。
窓の東側には、私に背を向けて立っている鈴音さんの姿があった。
この時間帯に私が目を覚ますと、夜明けを待っているかのように、いつも彼女はそこに立っていた。
眠りから覚めても、数時間前のことはまだ記憶に鮮明で、自分がどんな声で何を言ったのか、鈴音さんに何をされ、何を言われたか、はっきりと覚えている。
恥ずかしくて、鈴音さんから目を背けたいと思うけれど、ずっと彼女を見ていたいという気持ちには敵わない。
彼女にみとれていると、彼女は不意に私の方を見た。
この時間に私が目覚めるのは、必然的だと言わんばかりに。
もしかしたら、これも彼女の占い通りなのかもしれない。
何しろ彼女のタロットと占星術を組み合わせた独自の占いは外れたことがない。
鈴音さんは私たちの出会いは必然的だったと言うけれど、いったいどこまで占い通りなのか、私には分からないし、聞いてみたこともない。
というより、恐ろしくて聞く勇気がなかった。
もし、全てが占い通りだと言うのなら私たちはこの先どうなってしまうのだろう。
それを考えただけで私は泣きたいような気持ちになってくる。
そんな不安定な私の気持ちを見透かしたのか、鈴音さんは柔らかく微笑んだ。
優しさに満ちたこの表情は私にしか見せないことを私は知っている。
でも、続く言葉は私にとってこの上なく辛かった。
「私は精神的に未熟なお前を誑かせた悪い女でしかない。
お前は思春期相応の快楽に弱い体を私につけ込まれただけだ。
お前はあと数日したら、婚約者のもとに行って幸せに暮らすようになる。
お前が気にすることはないさ。」
「そんなこと、あるはずありません。
この関係は私自身が望んだことです。
私は一度だって鈴音さんに誑かされたなんて思ったことなんてありません!」
彼女の何も写さない目を真っ直ぐに見つめて私は即座に否定する。
「それはどうだろうね。
あまりにも早すぎる否定はかえって疑いを招く。
お前はこの先、ヨーロッパ人としては逃れることの出来ないキリストの背徳感に悩み続ける。
そして、何よりもって生まれた、スチュアートの血を、私以外の全てを失う覚悟がお前にはあるの?」
私の視線だけでは彼女には全てを伝えることが出来なくて、こんな会話を交わさなければならないことに悔し涙が頬を伝う。
それでも、鈴音さんの言っていることはもっともで、私は先祖とは違ってこんな年になっても何も決められない。
婚約者、背徳感、全てを捨てるという単語が身体に突き刺さって涙はいっこうに止まらない。
私が16歳に近づくごとに、私と鈴音さんの間で避けられ続けた話題。
このスチュアート家に生まれた以上、スチュアート家に生きる女に生まれた以上、果たさなければならない義務。
血塗られた歴史に歴史を重ねるような真似。
それは私にとって足枷にしかならないことは、はっきりしている。
それをどうすれば鈴音さんに理解してもらえるだろう。
私はただ違います、と首を横にふり続けた。
鈴音さんは気配で私の行動を感じ取ったのか、窓から私のいるベッドまで近づき、枕元に座る。
それから長い指で私の涙を拭って数時間前と同じように低いトーンで囁いた。
「じゃあ、証明してみせてごらんよ」
お前が自ら望んだことだと私に教えて、と吐息混じりに囁いた声が、聴覚を擽った。
その声に誘われるように重たい身体を半分だけ起こして、
僅かな光だけで鈴音さんの唇を探し、そっと口付けた。
一度口付けると、あまりの心地よさに離すことが出来ない。
こんなに私はあなたに惹かれているんです、もっと触れていたいんです、と気持ちを込めて何度も繰り返す。
鈴音さんは私の首を抱いて、同じように唇で応えた。
けれど、再び身体の奥が熱くなる寸前に、突然鈴音さんは唇を離し、まだ余韻で焦点が合わず、息を吐きっぱなしの私に向かって窓を指し、優しく言った。
「時間切れだ。
続きはまた今度。
部屋にお戻り」
そう言った数秒後、私にも鈴音さんが指した方向から車のエンジン音が聞こえてきた。
それが母の車だと分かった後、私の心臓は早鐘を打ち始める。
こんなに早く帰ってくるとはあまりにも予想外だった。
慌てて着衣を確かめ、音を立てないようにドアを開ける。
部屋を出る直前、鈴音さんは、ゆっくりお休み、と私に言った。
休めるはずありません、と言いたかったが、言えなかった。
この話題は永遠にこれでお終いだということを、私もどこかで分かっていたのかもしれない。
作品名:Future Star 作家名:ちひろ