音楽の人
きみはスピカ
(多摩くんと緑くん)Q:夜も冬も数えればひとつなのに、どうしてこんなに長いんだろう。
「なんかみどりくんダウナーだね」
「そうかね」
「そうだね。なに、詞? 曲?」
「詞」
「詞か。じゃあ海にでも行こうか」
「……海、」
「うん。海行ったら書けるよ多分」
「だめだよ、詩人の海はいつも無人なんだから」
「じゃあ無人の海に行こう」
「本気かよ」
「本気だよ」
「もう夜だよ?」
「まだ夜だよ」
「だって、終電、」
「うち泊まればいいじゃん。そんでさ、詞書けたら俺にちょうだい」
無邪気はイコール無知じゃない。
もちろん無恥でもない。
厄介な笑顔を上目でにらんで、「無人の海」までの切符を買った。
ため息で暖められた指先はいつか必殺の叙情詩を書くようになる。
待ち合わせのたびに指先を暖めなければいけない状況に置かれるけれど、ため息がもったいなくて指先に吹きかけるけれど、僕はいまだに何も殺せない。
おまじないはいつも緩効性。
「寒い」
「うん。寒いね。書けそう?」
「冗談じゃない。正気の沙汰じゃない」
「あ、それちょっとみどりくん節」
「ふざけんな」
夏とはにおいも感触も違う海風にさらされて、息がつまった。
けれど確かにそこは無人の海で、というか無人で当然なわけで、端から見たらぼくらは完全に気の変な人だろうなと思う。
しかし、端から見る人すらいなかった。
ので、みなもを渡ってくる風から隠れるために、目の前のせなかにぺたりと添った。
「晴れてよかったね」
「夜にはあんまり言わない言葉だね」
「緑くん」
「なんですか」
「今日の獅子座、恋愛運絶好調だったよ」
「知ってる」
「だからもうちょっと付き合って」
「……わかったよ、もう」
肩ごしに楽しげな気配がして、目線を上げると耳の横に三日月が見えた。
後ろ手に空を探ってくる指先に自分の指先を掴ませたら、ふとため息がもれた。ため息ではないのかもしれなかった。
いっそ痛いくらいの寒さに空も星も人も、冬の持ち物はおしなべて研磨されて、それでいつの季節よりもうつくしく見えるんだな。
オリオンの三ツ星をひとさし指で撫でて、星の名前を覚えるのもいいなと思った。
「流れ星こないかな」
「あ、いいね。何ねがうの?」
「……うん、」
「何うんって。言いなさいよ」
「うん。まだ夜かな」
「うん、まだ夜だよ」
夜があけるまで今日がいいな。
流れ星はなくても叶う気がした。
「まだまだ夜だよ。まだずっと、」
A:夏にみんなが一度は唱えた楽しい時間をのばすおまじないは、効かなかったぶんだけこうして冬の夜に作用する。