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音楽の人

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罪か蜜か

(多摩くんと緑くん)



つまらせた林檎をどうしたの。
あるべきふくらみのない喉をひと撫でして、うっすらとひらいたまぶたに口づけた。

「不思議だあ」
「なにが」
「緑くんの喉」
「のど……、」

あらわな鎖骨の窪みに鼻先を突っ込んで、眠たげな声を聴く。
くちびるにびりびりと振動を受けてやにわに楽しくなった僕は、不機嫌を覚悟できみにせがむのだ。

「緑くん。なんか歌って」
「……はあ?」
「それか喋って。なんかこれちょっときもちい」

頭上で眉根を寄せる気配がして、側頭部をのそりとこづかれた。
次いで寝返りをうとうとしたので、すかさず体重をかけてそれを阻止する。

「なん……なんなの、……もう、」
「歌ってよ」
「なにを」
「なんでも。好きなやつ」
「すきなうたなんかない……」
「お、大胆に出たね」

おもいうざいねむい、と身じろぎする肩をなだめすかしてにこりと笑いかける。
目をさましたが最後、なんとしてもなんかしたいこの性質。
休みならば休んでたいきみには悪いけど、僕はなんとしてもきみとなんかしたいのだ。
ましてひっついていたい季節が近づいているのだから。

「あ、じゃあ新曲きかしてよ。出来たんでしょ?」
「……まだ詞ついてない」
「いいよ別に。はなもげらで」
「さむい」
「体温が下がってるからだよ。緑くん低血圧っぽいよね」
「ねむい、」
「じゃあ目のさめることしようか。それかあったまること、」
「それってどっちも同じなんじゃねえの」
「なに考えてんの。緑くんのエロ」
「……うぜー」

好きなひとに向かってそれはないんじゃないのいくらその通りだからって、ねえおなかすかないこないだのとこになんかたべにいこうよいま限定デザートでてるんだっておひるになったら映画いこうかあのこが出てるやつあとおれ長袖のいいのほしいんだけどついでにあいつの誕生日プレゼントも買わなきゃいけないんだけどそういえばあのみせ移転だってねみどりくん知ってた。
ねえ。寝るなよ。

「緑くん。しりとりしようか」
「しない」
「い? いー、いんこ」
「……こうもり」
「りんご」
「ご……りら」
「背徳は蜜の味っていうよね」
「……なんの話、」
「りんごの旬は冬って話」

きみは業をもたない。
林檎を飲み込んでしまったのだから。
だから、ねえ、おとなしく幸せになろう。

あたまのなかでツミとミツが永遠のしりとりを始めてしまったらしいきみがうんざりと顔をしかめた。
首のうしろにまわってきた手に髪の生えぎわを探られて、あわれ罪深き僕の喉はぐるりと鳴った。



作品名:音楽の人 作家名:むくお