音楽の人
こどもの領分
(牟田とハネオ)彼の肩から肘を通って手首までの稜線はどこかやわらかく丸みを帯びて育ちきらないかたちのまま、そのくせきちんと成熟していた。
ほんとうは幼いような肉づきを残しているくせに一見して誰よりも完璧に伸びきっている、それは見れば見るほどにあやうげで、
「見てらんないな」
思わず口からこぼれてしまった。
きんぴらごぼうも箸から落ちた。
本番用のTシャツに今まさに首を通していたところの彼は窮屈そうにふり向いて、目線だけで、ん? と言った。
そういう小説みたいな旨のことを考えていた自分が恐ろしくなっていやぜんぜん、なんでもない、ときんぴらごぼうとごはんの比率だけに集中しているふりをしながらもごもご言って、ほとんど咀嚼しないままそれらを急いで飲み下した。
それにめざとく気付いた彼が、あ、だめだよちゃんとかまないとまた吐くよ。と怒った。すぐに笑った。
彼はとてもよく笑う。
彼はたぶん彼の魅力をとてもよく知っているのだと思う。
けれど、同じくしてどうしようもなくそれを持て余してもいるのだと思う。
たとえば笑い過ぎてほっぺたの筋肉が疲れちゃってそれで、笑いたそうなのに無言にならざるをえない時とか、そういう時はそんな気がする。
「むた、ちょっと、ねえ。聞いてる?」
「……ん! うん聞いてる聞いてる」
「嘘だ。ひどいよ牟田、すんげー大事なことだったのに」
「え、ごめん……なさい、なんてったの」
「たまごやきもらうよって」
「あ、」
いつの間にか着替え終えていつも通り必要以上に首まわりの露出したハネオがいつの間にかとなりに座っていた。
割り箸の先で、箸よりもまっすぐなんじゃないかと思うような指先がたまごやきをかすめ取っていった。
たまごやき。
たまごやきを。
「あああ……、」
「ん、だめだった?」
「ひどいよ、楽しみにしてたのに」
「あ、そうなの。ごめんじゃあ返す」
「ふ、わ」
もぐと咀嚼しかけた口をふいと寄せてきたので、びっくりして思わずのけぞった。
厄介な人だ。まったくこの人は。
お尻で少しずつ移動して間合いを取りながら、いたたまれない気持ちごともはや味のしないごはんを嚥下した。
「はねお、ちょっと、変だよね」
「んん?」
「なんかこう、バランス? が、」
「バランスー?」
「うん、……変、なんか、ちっちゃい子のまま手足だけ超のびたみたいな」
「あれ、なんか聞いたことあるねそれ」
まったく楽しげでない曲を楽しそうにハミングする声を遠く聞く。
きみは、なんか、ほんとうに、厄介だよ。
機械的にあごを動かしながら向かいのソファを見れば、お腹一杯になって寝ていると思っていたドラマーがにやけていた。
「ハネオ。今日その曲やれば?」
「えー? じゃあみんなに言わなきゃ」
「いいじゃんゲリラで」
「そんな、馬鹿言っちゃいけないよー」
くすくすわははと笑い合うでかいこどもたちの声を聞いてついに食欲の消え失せた僕ががっくりと箸を置くと、あれむたさんもう食べないんですかじゃあ俺がこのカマボコもらいます。とベーシストくんが二番目に楽しみにしていたカマボコをさらっていった。
いいんだいいんだ。
今日はもう超ギターひかないでやる。
そうひそかに決心したのに、笑い過ぎてふとこわばったハネオの表情を目撃してしまった。ああ、またか。
見ていられないのに、どうして気付いてしまうんだろう。僕ってやつは。
ちらりとこちらを窺った目が、たすけて、と言った気がして、ねえ、それが真実そうだったとしても、気のせいだったとしても、惚れた弱みって恐ろしいなと思うんだ。