音楽の人
二番ホームの幽霊
(牟田とハネオ)二番線に電車がまいります。
アナウンスを完璧に模倣して君は呟いた。
ひっそりと笑った。
指先がいつも冷たいのだと言った。
思わせぶりが少し得意だと言った。
その日の僕はといえば始終だんまりで、君の指先の温度を確かめたいとだけ思っていた。
「幽霊かもって思ってたんだよね」
「へえ?」
「いつもさあ、二番ホームのいっちゃん端っこのとこに立ってるじゃん。ゆらりと」
「ああゆらりと。ぬらりとね」
「そう。なんかあれだよ、飛び込みとかの地縛霊かなんか、」
「はははー」
「あ、あと絶対声きれいだろうなって。思った。なんでかわかんないけど」
「……ほー、」
あ、気持ち悪いって思われたかな。今。
灰色のフードを浅く被ったその顔をのぞき込もうとして、そんな勇気はないのだと気付いた。
白線のむこうに雨が降りだして、それに気をとられたふりをする。
こんなふうに並んで立つのはこんなふうに電車を待っているときだけで、こんなふうに静かに饒舌になる僕らを置いて、夕暮れという言葉の感じのしないまま、夕暮れの時間は過ぎようとしていた。
雲が過ぎないからだ。
「……もうふ、」
「ん?」
「干しっぱなしだ」
白っぽいコンクリートに散り始めた雨のしみを数えていたら、君がもそりと呟いた。
もうふ。もうふってなんだっけ。
あ、毛布か。
「……え! やばいじゃん」
「うん」
「朝晴れてたもんね」
「うん」
「駅からダッシュだね」
「うん……、」
どこかほうけたような相槌に、やっとのことでうかがい見た頬はへんに白かった。
この色の名前を知ってる。これは灰白だ。
理由はあかるくないけど魅力的なそのふたつの目は、さっきの僕のように、降り出した雨が灰白のコンクリートにつくるしみをジッと見ているみたいだった。
「予想はあたったの」
「え」
「声」
「え、うん。きれいだよ。ね?」
「聞かれてもね」
風をおこすような笑いかたをして指先をこする。
めっきり日の短くなったこのごろの、この時間のこんな雨はそれをいっそう冷やすんだろうなあと、思っているうちに君はパーカのポッケにそれを無造作にしまってしまった。
「牟田はさ、」
「うん」
「喫煙者なのが意外だった」
「あー」
「そいで、」
「うん」
「指がぬくそうだなって」
「…………」
「思ってた」
思わず肩が、すこしだけど、はねてしまったのに気付かれただろうか。
「むた、ねえ、」
「なに、」
「やめようかな、帰るの」
「……え、な、なんで」
「聞かれてもね」
雨足も日暮れも電車よりずっと速くて、白線の外側はもう夜だった。
秋の日はつるべおとし。
意味もなくその意味を反芻してみたけれど、頬も指先も冷えてくれなかった。
「むたんち、行ってもい?」
「……もうふ、」
「うん。もう濡れてる」
遠くに水しぶきと軋轢の音がする。
パーカのポッケから細ながい指先があらわれて、フードを払った。
静かな顔だちがこちらを向いて、駅からダッシュだね、とほほえんだ。
傘のない僕らに雨は懐いて、工場に住むねこみたいに擦り寄ってくるだろう。
毛布が必要だ。
やけに冷静にそう思った。
「……二番線に電車がまいります」
アナウンスを完璧に模倣して君は呟いた。
そうだ、君は、思わせぶりが少し得意で。
今、指先がすごく冷たい。