音楽の人
サイレン(ト)
(土岐川さんと緑くん)深夜のお誘いは魔のもの。
メールの着信音はサイレントときめている僕はひどく、ひどくしめやかに、それをおしいただく。
気付かなかったらどうするの、と思ってからすぐに、気付かなくったってあなたはいいんだな、別に、と腐ってみて、そうしてまた、僕が気付かないはずがないということにも僕は気付いてしまうんですだってあなたがそんなふうな気をおこすのはいつだってきまって真夜中なのだから。
こんなふうにあなたに魔がさすのを、いつだって僕は待っているのだから。
「もしもしい」
「またですか」
「へ? わりあい久しぶりやんか」
「違います数じゃない。時間ですよ。何時だと思ってんですか」
「んんーと、時計……、どこ?」
「どこにいるんですか。外の音がする」
「駅前、おまえんちの最寄りの」
「……は、なんで、」
敢えて通話履歴からでなく電話帳から呼び出した番号にかけると、きっかり三回目のコールののち、あなたに繋がった。
語尾が呑気に間のびする。
酔っ払いの声だ、これは。
「いや、近くで打ち上がってたから」
「やっぱり。声が酒くさいですもん」
「しっつれいな」
「で、なんですか。お世話が必要?」
「……んー、」
「すいませんね、実家ずまいで」
沈黙したあなたの張りめぐらせているのはきっと、僕をどこでどうするかの心算だろう。
先まわりして言えば、うくっとわらいを詰まらせる気配がした。
「ふべんやなあ。買ったろか家」
「いりません。身体がもたないから」
「したらちょっとでてけえへん、」
ああ。来た。
ベッドの上でラブソングの詞をこねていた僕は、シャーペンを握ったままのっそりと上体を起こした。
枕もとにほってある目覚まし時計の長針は、8の字の底辺に差し掛かるところ。
「いいですけど、言い訳考えて下さいよ。親起きてるんで」
「言い訳っておま、そんな、女子高生じゃあるまいし」
「俺けっこう囲われてるんですよね。大事な長男なんで」
「しらんしらん。切るでもう」
「だめですよ、既婚の男にやらしいことされに行きますなんて言えませんもん」
「うわ、もう、最近の若いのはー」
しばらく切る切らないの問答をした末に、僕はこれから「ただならぬ事情を抱えた友人A君のよんどころない相談を受けに行く」ことになり、小芝居のせりふまで細かく設定してくれた年上のA君はこっぴどく疲れたような声色を作ってひとつ物々しくため息をついた。
「切るぞ、まじでもうほんまに切るぞ」
「きる、かあ…」
「何、」
きる、切る、kill、
手すさびに書きつらねてみて、それが意図せず「愛してる」の真横だったものだから、僕はひっそりと笑いを噛んだ。ラブソングは完成しそうにない。
「もし行きしなに暴漢に後ろから刺されたりしたらダイイングメッセージにあなたの名前を書いてやる」
「え、嫌。殺さんぞ俺は。断じて」
「わかんないよ、」
わかってるくせに。
僕はいつだってあなたにだめにされにゆくんだ。
昨日と入れ違いにやってきたあなたの肩からは日焼けどめの浅はかな匂いがして、僕は急速に滅入ってしまった。
あなたの持ち物では決してないその匂いに僕のこの大切な喉はいつだってひりひり痛みだすほどに渇くのだ、だから今から珍しくキスをせがむけど許してよ。
雰囲気も色気も脈絡も、ないないづくしだけれど、ねえ、本当は愛情さえ、僕にはあるんだよ。