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ボクが召し使い

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 殺気が入り混じる空気の中で、ビスタルクの重い口が開く。
「貴様は一体何年間あいつの召し使いをやっている、まだわからないか、稲沢萌は仮の姿。本当の正体は、
 貴様の元主人、アルク・パシグィルフだ」
 信じることが出来なかった。アルク様は、過去にボクをかばって死んだはず・・・なのに、どうして
 アルク様は、地上の人間になりすまし、稲沢萌として、再び私の主になったのだろうか。
「それは本当の話か」
「間違いないさ、デスソウルの大半は、パシグィルフ家によって餓えに餓えてしまった、悲しい過去の
 死神たちの成れの果て。そのパシグィルフ家の息子が生きていることを知って、わざわざ地上
 にまで這い上がってきたってことだ」
 急に焦りを感じ始め、ビルを出ようとする。
「ガイ、一つ言っておこう」
「何だ、ボクには時間が・・・」
「お前の命も、そう長くは無い」
 殺風景な骨組みだけの部屋を、冷たい風が吹き荒れる。
「知っている、あと1年。丁度アルク様との契約が切れる頃だ」
「俺の目標は、貴様をぶちのめすことだ。しかし執事として、ここは貴様の信念に則ろう。アルクはまだ
 死んでいない、今は地獄のデスソウル多発地域にいるようだ。俺はやつらの行動範囲を統括していた。
 だからアルクの野郎がどこにいることは既にわかっていた」
「ならどうして」
「それは、貴様の仕事だろう」
 澄んだ目で私を見る。敵ながら、説教されたようでムッとくる。しかしビスタルクが言うことは正しい。
「行って・・・助ける。敵が何匹いようと関係無い。もう二度と、あんな思いはしたくない」
 地獄へ向って一直線。世界観は大きく変わり、辺りが一面暗黒に包まれる。
 アンドレの姿が目の前に現れる。
「ガイさん、どこへいくつもりですか」
「どいて、ボクはアルク様を助ける」
「アルク様・・・ですか。ということは、もうわかってしまったのですね。萌様の真の姿を」
「だったらどうする、主には変わらない、もう誰も失いたくない、だから・・・」
「全く、ガイさん、あなたは昔からそうだ」
 アンドレが深く息を吸い込み、一言もらす。
「いつもあなたは、一人で全てを抱えて、苦しみを溜め込んでいた。でもそれじゃあいけない。
 たまには、誰かに頼ることも、必要ですよ。苦しみも共有出来る、執事がここにいるじゃないですか」
 アンドレの手が、ボクへと差し出された。
「別に、ボクはあなたと行かなくてもやられはしません。でも・・・ありがとう」
 ボクは、この時初めて、『仲間』の意味を知ったのかもしれない。
「アルク様はここにおられます」
 二人は大きく胸を張って、かたく閉ざされた扉をぶち破った。
 中にはデスソウルが何匹いたかはわからない。けれど、刃を振りかざす私の腕が、いつもより軽く
 感じられた。気がつけば、一匹残らずデスソウルは隠滅されていた。奥には、確かに『萌様』の
 姿があった。
「大丈夫ですか、お怪我は・・・」
「ガイ君、ありがとう。怪我はないよ、ごめんね」
 ボクははっきりとこう告げた。
「アルク様、お久しぶりです」
「知っていたのかい?」
 アルク様の目を丸くする仕草が、昔と変わらない。
「ごめん、だまってて。でもしばらくはそうするしかなかったんだ。僕は命を狙われている。
 デスソウルなんかじゃない。もっと、大きな敵なのかも知れない」
 静寂で覆われたこの空間では、アルク様の一言一言が響き渡る。
「レンバーナイト家が、動き出した」
































           第二章 引き裂かれた絆


  地獄への片道キップという物が、この世に実在する。それは契約者に仕える死神が、自分の主人を
 見放す、まあ時と場合によるが、そんな時にその契約者の手にふってくるらしい。
 まだボクはそんな物見たことないからわからないが、そのキップを手にしたことがある地上の人間は
 未だいないだろう。
「レンバーナイト家・・・パシグィルフ家を敵視していた・・」
 ボクは呆然としながらアルク様の目を見ながら考え込む。
「黙っててごめん、でもガイを守るには僕一人でいたほうが危害が及ばないと思って・・・」
「何を言ってるんです、いつもあなたに守られてばかりで、ボクがアルク様をお守りしないと
 いけないのに・・・」
「もう僕は死んだ人だよ、契約は切れてるから、もう僕は君の主人でも何でもないんだ」
 アルクは暗い表情で下を向く。
「アルク様、確かにボクとアルク様との契約は切れました。しかし、『稲沢萌』との契約期間はまだ続いて
 います」
 ボクはアンドレの横で膝まづく。
「萌様、今再び、あなたの召し使いとしての使命、必ず果たしてみせます」
 改まりながら、ボクはアルク曰く萌様に忠義の意を示した。
「わかった、よろしく、ガイ」
 これで、ボクとアルク様との話が始まる・・・。
 
「そういえば、ガイさんのフルネームって、聞いたことないですね、何て言うんですか?」
 それは地獄での生活2日目の午後、ボクがアルク様に食後のアールグレイをカップに注ぎ込んでいた
 時だ。アンドレが妙な質問をしてきた。
「ガイは、昔赤ん坊の頃、孤児院の門に捨てられていた、だから正確な名前は良くわからないが、
 僕のおばあ様が過去にガイと名づけたらしい。ちなみにフルネームは『シルベール=ガイ=ファジオン』
 多分、捨てられていたカゴのわきに名前が書かれていたんだろう」
 アルク様は紅茶入りのカップを手に、話しに夢中で中々口を付けられずにいた。
「アルク様は、もう地上に用はないんですか?」
「ああ、もうやり残したことはないし、あったとしてももう萌としては生きていられないだろうし」
 ふと、ビスタルクの後姿が脳裏に浮かんだ。あいつは、まだあのビルにいるのだろうか。
 アルク様を助けられたのも、全てはビスタルクのおかげともいえる。
「ガイさん、やつのこと、まだ気になりますか?」
 アンドレが見透かしたような感じで話しかける。
 一度は離れたはずのこのパシグィルフ家の館を一人であとにするのは、気が引けて仕方が無い。
「アンドレ、アルク様をしばらく頼みます」
 急ぎ足を地上の世界へと向ける。
 目を見開いてみると、いつの間にか、そこは元萌様のアパートの部屋だった。
 散らかりきった1LDKの部屋は、どこか懐かしさを感じる。不思議と笑みがこぼれるほどだ。
 ドアを開け、階段の一段目に足をかけた時だった。大きな地鳴りが響き、それはやがて地を揺るがす
 地震となり、振動は脚を伝わって身を階段下まで投げ出された。
「今のは・・・」
 地震が止み、しばらくすると隣の部屋から次々と住居人が出てきた。
 感覚としては、震源地がさほど遠いわけでもなさそうだ。
「ビスタルク・・・」
 急いでビルへと向う。
 しかしビルの内部には、ビスタルクの姿は見当たらなかった。
「ガイだ。姿を現せ」
 叫ぶが、一向に現れない。地獄にでも戻ったのか、少し悔しい表情でボクはビルを後にした。
 下町で一人歩いていると、帽子をかぶった男が声をかけてきた。
「君、ビスタルクを探しているのかい」
「何故わかる、誰だ」
作品名:ボクが召し使い 作家名:みらい.N