ボクが召し使い
渡されたのは、萌のお古。おとなしめの茶色のワンピースもどきのような服だ。
「めっ萌様!ボク、男なんですけど・・・」
「それがどうかした?」
無理矢理着せられた。カツラも付属で。
「ガイさん、似合ってますよ」
「アンドレさん、あなたはいつまでここに住むつもりですか?萌様に承諾は得てる?」
「だから様はいらないって」
呆れた表情でいる萌を前に、アンドレは肩を落とし、首を振る。何が不満だ。
「行ってらっしゃいませ、萌さんにガイさん」
表に出て数分のところにあるカフェに着くと、萌はやぶから棒にボクの好きなコーヒーを頼んだ。
「何故ボクの好きなやつって知ってるんですか?」
「そりゃあ、1ヶ月もすれば段々わかってくるものよ。はいこれ」
ボクたちは外のオープンテーブルに座り、ゆったりとしたひと時を過ごす。
「アンドレさんも、連れてきたらよかったのに」
「彼がいると何かと面倒・・ああいや、あえて連れてこなかったんです」
「ふふっ、素直じゃないんだから、ガイ君も」
これが素直な気持ちなのだが・・・違うのだろうか?
「萌さーん、ガイさーん」
まさに地獄耳。何故に彼はこうもボクたちが行くとこ行くとこ現れるのだろうか。
「アンドレさん、どうしました」
「またデスソウルの気配です。廃墟ビルから感じられます」
ボクも気配さえ感知できれば、アンドレさんの力なんて借りなくていいものの。
「それが、いつもとは違うんです。大きいというか、なんと言うか」
「それは行ったら嫌でもわかる話です。行きましょう」
萌を置いて、この街唯一の巨大廃墟ビルへと向う。
中は薄暗く、からっぽになってしまったビルは、何だか悲しみさえわいてくる。
「ラブコメとかなら、ここらで二人の恋人同士手を繋ぐパターンですが・・・」
「何をくだらないことを言う。ここは既に敵の懐」
ビルの上へと登り続け、屋上に出た。
「私の家に、何か用でも?」
見間違えたと思えた。そこには誰あろう、ビスタルクの姿があった。
「ここからデスソウルの気配がした、来てみたらお前か」
「デスソウルのことなら、ここ一帯全てを統括させているから安心しろ。それより、せっかくここまで
来たんだ。一つ、腕鳴らしに・・ん?」
「殺気が出すぎ、お前を相手にしてる暇はない」
「そうか、残念だ。せっかく貴様の主人の居場所に奴等を行かせたというのに」
すぐにその言葉の意味がわかった。
「貴様っ!」
ビスタルクの胸倉を掴み、壁に押し付ける。
ボクはビルの窓から出ようと試みたが、ビスタルクの腕が邪魔して、外に出られない。
「おおっと、逃がさねぇよ」
「アンドレーッ!」
アンドレの鋭く長い爪が、ビスタルクの顔面すれすれにかすった。
その隙を見て、ボクは自分の羽を信じビルから飛び降りる。
「全く、どうしてそう死にたがるのか、俺には貴様らのような死神の考えることがわからない」
「死ぬんじゃない、私は、生きるために戦うんです」
翼を広げて、萌がいた場所へと急ぐが、萌の気配は既にそこには無かった。代わりに向ったのが・・・
「家に行けば・・・」
大きくUの字を描くように、旋回しながら萌のアパートへと向う。
「萌っ」
ドアを大きな音をたてながら開けるが、部屋に彼女の姿は無い。
「何てことを・・・」
雨が降り出した夕方の街の中を、ボクは走った。走って探し回った。しかし、どこにもいない。
「萌・・様・・・めぐ・・」
息が途切れる。しかしそれも激しい雨のおかげか、のどが渇いて辛くなることは無かった。
「ハァ・・ハァ・・アンドレ?」
目の前がぼやけてよく見えなかったが、あの背と高さといい髪の長さといい、アンドレそのものだった。
「死神にも・・・赤い血が流れてることが・・先ほど、身に染みました・・・よ・・」
崩れるように倒れるアンドレを支えることも出来ずに、ボクも雨の下に倒れた。
「あれ、目を覚ましたのね」
暖かい暖炉の横で意識を取り戻す。
「お前は・・?」
「あなたと同じ、死神のシンフォニア・マーベルといいます。あなた、誰かの召し使いさんなの?」
萌を思い出し、ハッとする。
「萌様っ」
「まだ駄目よ、休んでいなきゃ。それに、あの執事さんももう少し治療が必要みたいだし」
アンドレが隣の部屋で寝ているらしい。
「主人一人守れないあなたは、正直言うと非力です」
きっとそれは、萌が悪いんじゃない。
「やっぱり・・私は最低な召し使いだ。危険も承知で、主人を一人置いて」
「あなた、心の中に恐怖感が渦巻いてるようですね。過去に何があったか知りませんが、それが
取り払われない限り、あなたは非力のままです」
核心を突かれて、反論出来ずにいる自分に、その時かすかな怒りを覚えた。
「忘れられるはずが無い、だって・・・見殺しにしたんだぞ」
それは今から100年前、当時ボクはレミーア・パシグィルフ様の弟、アルク様に使えていた。
地獄でのパシグィルフ家の評判は、あまりいいものではなかった。なんせ、レミーア様の父は、
位の低い下町の住民のなけなしの金銭を奪い取り、悪事のままに働いたからだ。
それをボクは、横目で見透かすだけ。何も言えずに、餓えに苦しむ民の顔を見ることしか出来なかった。
しかしレミーア様や、主であるアルク様の優しい心は揺るがなかった。父が酒に溺れ、酒乱になり
屋敷に帰っても、二人はいつも耐えて、ボクに笑顔を見せてくれた。さらに、民から巻き上げた金を
少し持ち出し、下町を歩けば民に食料を与えていた。ボクは、そんなアルク様やレミーア様の暖かい
手に触れて、何もかも順調に進むと思っていた。
しかしその矢先、やはりアルク様の父を嫌う下町の民が暴動を起こし、屋敷に火をつけた。
赤く燃え上がる屋敷からは、アルク様の声が聞こえてくる。それは助けの言葉ではなく、逃げろと
言わんばかりに声をからして、ボクとレミーア様を救った。しかしその代償はかなり大きいものだった。
ボクとレミーア様は、街から追い出され、目に涙を浮かべながら大地を這いずり回った。
ボクは、自分の主人を見殺しにした・・・と。
「その末、50年後にレミーア様は自分の大きな屋敷を立ち上げ、私がそこの執事となった」
「アンドレ、起きていたのか」
「全部聞いていました。マーベルさん、地上も地獄ですね」
「良くお分かりで」
それを聞いてボクはマーベルの家をのドアを開けた。
「あの時、萌様一人で外にいた。それで戻ったときには、姿を消した。ということは、デスソウルか
その類のやつらが萌様を見つけて、どこかへ連れ去った。そういうこと」
「大きく包むと、そうなりますね」
「では何故奴等は萌様を狙う、理由が全く見えてこない」
それが一番気になっていたことだ。
「それは直接ビスタルクに聞いたほうが早いと思いますが、そんな危険を冒してまで」
「召し使いは、主人が危機に立たされているときに、見捨てることは出来ない」
ボクは地上に向う。ビスタルクが住みつく、あの高層ビルに。
「ビスタルク、一つ質問がある、姿を現せ」
「そんなに怒鳴らなくても、貴様の気配ですぐわかる」
「どうしてデスソウルは萌を襲う、あの方は普通の人間のはず」