僕は君が好きだった
「そうなんだ・・・でもかもってことは、わからないんだよね。だったらまだそんな顔
するのは早いよ。結果なんて後でついてくるんだから、今はただ、その展望部での活動
を楽しむだけだよ。しずくもあまりわからないけど、きっとそんなもんじゃないかな?」
しずくに励まされちまった。だよな、暗い顔でいるなんて由希にも失礼だ。
「ありがとうな、しずく」
しずくは上り坂の向こう側にいて、笑顔で返した。
3月11日木曜日午前7時30分(自宅・寝室)
しまった、寝坊だと思いきや、あわてて損した。今日は西校の設立記念日で休みなのだ。
全く、わかっていたならもう少し寝ても良かったものの。
とは言っても、俺は二度寝が出来ないタイプで、起きてしまったのはしょうがない。
朝食を食べて、歯を磨く。
二階の自分の部屋に戻ると、玄関のドアベルが鳴った。今日は親が仕事で居ないので、
俺がまた下に行ってドアを開けなきゃいけない。些細なことだが、これがまた面倒臭い。
「はいはい、今行きますよっと」
しかしこんな朝早くから誰だろう。宅急便もこんな朝には来ないだろうし。
二重の鍵を開け、ドアを開く。
「おはよー智兄!」
しずくだ。
「あ、おはよう。こんな朝早くに珍しいな」
「お母さんがね、智兄にこれ持っていってあげなだって。智兄のご両親、今日仕事で
いないんでしょ?」
と言って、しずくは手にしていた鍋を持ち上げた。
「しずく、お母さんに言っといてくれ、お恵みをありがたく頂戴しますってね」
しずくは顔は笑っていたが、意味はわかってなさそうだ。
とりあえず今晩の飯はなんとかこれでしのげたな。
午前11時(自宅)
「しずく、せっかく来てずっと家ってのもなんだし、どこか外行くか」
「じゃあ、公園行こうよ」
公園とは、また子供チックなことを言うなぁ。またどうして公園なんかに?
準備をして、公園に向かう。
「んあ?智樹にしずくじゃねぇか。何してんだ?」
淳だ。そして、それはこっちの台詞のはず。一人で公園付近をうろうろして。
「俺は今日西校の設立記念日と知らず、そのまま学校に行ってしまい、家に帰っている
途中だったのだ」
そんな偉そうに話されても、聞かされたこっちの身にもなってくれ。
「なるほど~だから淳君制服姿なんだぁ」
しずくはその場の空気知らずだな。
それと気になっているんだが、しずくはどうして公園なんかに?
「四葉のクローバーを探そうと思って」
「クローバー・・・ですか」
俺は今にも帰ろうとしていた淳の腕を掴んで、引き戻す。
「おい淳、お前も付き合え」
「はぁ?まてよ、俺はクローバー探しなんて・・」
「二人ともどうしたの?」
キョトンとするしずくに、焦る俺と淳。
「バッ、馬鹿野郎!やりゃあ良いんだよやりゃあ」
それから俺たち三人で公園の地面を這いずり回って、四葉のクローバーを探すことに
なった。どうしてだろう。
午後1時(公園)
気づいたら、もう昼を過ぎて1時間が経過していた。
「あったー!」
そして肝心の四葉のクローバーを見つけたのは、しずく本人だった。
「やれやれ、やっと見つけたか」
淳が腰を抑えて滑り台の影から歩いてきた。
「俺はそろそろ帰るぜ、んじゃあな」
淳はそのまま手を振って帰ってしまった。
それから俺としずくは街で昼飯や買い物をして、充実した一日になった。
午後6時(自宅前)
遊び疲れて、しずくを連れて家の前まで送ると、しずくが俺に近づいてきて
「智兄、これあげる」
っと、手渡されたのは昼間探した四葉のクローバーだった。
「え、いいのか?あんなに探してたのに」
「うん、私の幸運はもう使っちゃったから」
「今日は楽しかったよ。また明日ね」
3月12日金曜日午前11時(クラス・休み時間)
「なぁ淳、押し花ってどうやって作るんだ?」
「押し花?確か、何か重いもんで花を挟んで放置じゃなかったか?」
アバウトな説明をありがとう淳君。
「やべぇ!こんなくだらねぇ話してるヒマはない!生徒会室にこのプリント提出しねぇ
と、締め切り今日までだったぜ」
淳は慌ててプリントを取り出して、クラスを飛び出して行った。
それから1分としないうちに淳が戻ってきた。相当走ったのだろう。
「焦ったぜぇ、というか、何だよあの生徒会室のピリピリした空気。なんだか教員さえ
寄せ付けないような感じだったな。なんか展望部がどうのって・・・」
「展望部?どんなこと話してた?」
俺は机の椅子を蹴り飛ばしてやけになった。
「ど、どうしたんだよ智樹。俺だって紙提出しに行っただけだから、内容なんて知った
ことじゃねぇよ」
午後4時(学校内・放課後)
授業が終わり、体育館倉庫に向かっているとき、見覚えのある生徒が近づいてきた。
関島佐奈、生徒会長だった。
「あなたね、この前登校していたとき私に声をかけた智樹さんていう人は」
「展望部の事、ですか?」
おそるおそる聞いてみる。
「はい、展望部廃止の件は、話し合いの結果、廃止中止となりました。良かったですね」
と、無表情で言われて、内心モヤモヤしたが、喜びのほうが大きかった。
「ありがとうございます!」
そう言い残して、俺は体育館倉庫に走っていった。
午後4時10分(体育館倉庫)
「智君ーっ!規定時間は厳守だよ」
入っていきなり怒られた。
「由希!展望部って、素晴らしいな!」
由希は若干引いていたが、今の俺は嬉しくてたまらなかったのだ。
その後、俺と由希はUFOを呼び寄せる科学的装置を作ることになり、由希は二階の
実験室から硫酸をかっぱらってきた。
「由希、それ飲むなよ」
「智君、私は君にどれだけ馬鹿だと思われてるのかな」
由希はどこからかボウルを取り出し、水を入れ、その中に硫酸を・・・。
「って、おい待て!」
しかし、時、既に遅し。ボウルからは炎の柱が燃え上がり、体育倉庫のスプリンクラー
が起動した。
「由希・・・やっぱり馬鹿だ、お前は」
3月13日土曜日午前9時(自宅・寝室)
なんだか寝たりない気がするが、もう9時だ。これから仮に眠れたとしても、休みの
無駄遣いになりそうだ。
机には、この前しずくにもらった四葉のクローバーの押し花が、本に挟まれ置かれてる。
眠い目をこすりながら、階段を下り、朝食をとる。
すると、玄関からドアベルが鳴る。
「はい、今行きます」
まだ寝ぼけているのか、俺の声のトーンはかなり低かった。
ドアを開く。
「やあ、おはよう智君、ちゃんと起きてた?」
まさか、珍しく由希が家に来たのだ。
「どうしたんだ?急に家なんか来て」
「ん?どうもしないよ、ただ今日は智君と行きたい場所があってね」
どこだろう?
「まあ付いてきてよ」
にっこりと笑みを浮かべるその表情は、いつもの由希となんら変わりは無かった。
そんな彼女の後ろ姿を追いながら、俺は橋を渡る。