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二条城心中

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「殿、どうか覚えていてくださいませ。女は愛しい御方と添い遂げたいと願うものなのです」
 女の白い手が、義輝に伸びる。
「わたくしたち女は永遠に美しい花であるよりも、実を成して萎れるものでありたいと思うもの。あるじと共に老い衰え、死出の道まで添い遂げるのが、女の幸せでございます」
「なのにわたくしたちのあるじさまは、誰一人それを許してくださらなかった!」
 他の女の手も、次々と義輝に伸びた。まるで縋るように震える手だった。
「みんなわたくしたちをおいていってしまわれる」
「一緒に行こうとは、決して言って下さらなかった」
「触れてくださらなかった」
「抱いてくださらなかった」
「添い遂げることを許してくださらなかった」
 伸びてくる白い手を避けることも払い除けることも忘れて、義輝は女たちの瞳の中の深い闇を見つめていた。男にはわからぬ闇だった。
 その得体の知れなさが、義輝に初めて「おそろしい」と思わせた。女たちの抱える闇が義輝を包み込む。何本もの白い手と共に押し寄せてくる。
 俺はこのあやかしどもに取り殺されるのか。
 駄目だ、まだ死ねぬ。義輝はとっさにそう思った。俺は将軍だ。この傾いた幕府を立て直さねばならぬ将軍だ。こんなところで、志半ばで死ぬわけには行かぬ。そう思って、義輝は必死に叫び返した。
「俺はそのようなことはせぬ!」
 その言葉に、女たちの声がぴたりと止まった。
「……本当でございますか?」
「おう。もしも俺がお前たちと、いやお前たちのような女と巡り合うことがあったなら、お前たちが悲しむようなことはせぬ」
「触れてくださいますか」
「おう」
「抱いてくださいますか」
「おう」
「添い遂げてくださいますか」
「一緒にいくことを許してくださいますか」
 今思えば、男女の交わりも知らぬ子供がませた返事をしたものだ。だが義輝は、女たちの求めに応と答え続けた。それ以外に、このあやかしどもを退かせる手はないように思えた。
 女たちも、義輝のその幼さは承知の上のようであった。本当の意味を分かって答えているわけではない。そう知って、諦めているような声だった。
 だが、諦めようとして、諦めきれないような声でもあった。
「殿。どうか今夜のことを覚えていてくださいませ」
「今夜の約束を忘れないでくださいませ」
「約束で御座いますよ」
「どうか守ってくださいませ」
「どうか忘れずにいてくださいませ」
「約束で御座いますよ」
「約束で御座いますよ」
「約束で御座いますよ」
作品名:二条城心中 作家名:からこ