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律姫 -ritsuki-
律姫 -ritsuki-
novelistID. 8669
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君ト描ク青空ナ未来 --完結--

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「いつから、こんなになってしまったのかはわかりません」
匠の言う「こんな」が何を指しているのかは空流も誠司もはっきりとはわからなかった。
まだ目を覚まさない樹の病室で匠が話を始めた。

「鷹島さん、あなたが最初にうちにいらっしゃったときにはもう色々なものが崩れ始めていたのかもしれません」

もしかしたら、樹が生まれたときから。

10歳以上も年の離れた弟。
樹が生まれた頃、自分はもう小学校の最後の学年だった。
一ノ宮の家の伝統として小学校までは公立、中高一貫の私立へ進学し、大学はできるだけ名前のある経済学部を卒業するというのが一般的。
名前のある大学へいくためにはもちろん中高一貫校だっていいところへいかなければいけない。
行くべき学校はもうすでに決められていて、12歳ながらに毎日塾通いをしていた記憶がある。

学校の友だちと遊んだ覚えなんて数えるほどもない。

当然だと思ってた。
そして中学校に入ってからも一番をとりつづけた。
そうしなければいけないことがわかっていたから。

そんな状況の中で生まれたばかりの弟に構っている暇がどこにあるだろう。
弟が起きる前には学校へいって、塾から帰ってくるともう弟はすっかり寝ているのだから。

ちっとも兄らしいことをできていない。
その負い目が、そのころ弟から遠ざかる一番の原因だったと思う。

それでも樹が小学校にあがったころからはわずかながら話をするようになった。
最初の頃はまだよかった。
ただ、小学校4年生くらいになると勉強もそこそこ難しい範囲となってくる。
樹は国語が苦手だった。

なぜ一番がとれないのかと母親が樹をなじり始めたのはきっとその頃。

兄のように一番であれ。
そんな言葉を飽きるほど聞かされていたんだろう。

樹とめっきり話をしなくなったのもその頃からだった。
時を同じくして鷹島との商談が持ち上がる。
大学を卒業したての自分は商談には父の秘書として同席。

取引相手の令息の鷹島誠司氏は当時大学生で秘書見習い。
てっきり同席すると思ってた。

けれども鷹島の社長が息子へと言い放ったのは樹の遊び相手。
その場にいた家の人間のだれもがあせった。
まだ幼い樹を探られたら、きっとこの商談はだめになってしまう。
うちの歪んだ家庭環境が露見してしまうかもしれない。

かなり向こうに有利な条件を出して、商談を成立させた。
そのくらいのことをしてでも、鷹島とのパイプを作っておくことは悪いことじゃなかったから。

樹は口を開けば鷹島さんは次はいつ来るのかと聞く。
鷹島さんが来る日は機嫌がよかったし、帰った後は本当に寂しそうだった。

なんだか兄の役割をとられたようで面白くない感情があったことは否めない。
けれども、今更のように樹の兄をするなんてことは気が引けたし対抗しているようで嫌だった。

鷹島とのパイプを作ってもかなり不利な条件で取引を行っているから経営が楽になるということはなく、この時期だいぶ無理をしていた。
そんな無理を埋めるために行われていた不正。
世間一般に公表されることはなかったけれども、結局経済界で知らぬものはいない。
一ノ宮の株が大幅に下がった。

そして一ノ宮と鷹島をつないでいたパイプは断ち切られた。

父や母は鷹島さえあんなことをしなければ、と思っているがそれは逆恨みだと自分は思う。
むしろ株が下がった後にあんな条件で取引を続けていたらつぶれていたのはこっちだ。
もし鷹島がうちをつぶすつもりだったなら決して取引をやめたりしなかっただろう。

だからきっと、このことで一番被害を受けたのは樹。

もう鷹島さんは来ないといくら言い聞かせても信じようとしなかったし、父や母の前で鷹島さんの名前を出して苛立たれることもしばしばだった。

頬が赤くはれているのを見たのはそれからすぐ。
廊下ですれ違ったときだった。

すれ違いざまに樹がこちらを険しい目つきで見た。
何があったのかは大体わかった。
きっとまた、成績のことで何かを言われたのだろう。
比べられる辛さは兄である自分にはわからない。

わからないから、樹に声をかけることはできなかった。

本格的に家族が崩壊したのはこの時期だったと思う。
父から母へ、母から樹へ暴力の連鎖。

では樹は・・・?

どうすることもできなかっただろうと思う。

だから、伝統を突き崩して医大へ進学し、離れへと住まいを移したときには少しだけ、安心した。