君ト描ク青空ナ未来 --完結--
36
樹さんが立ち上がったのを見て、僕もあわてて腰を上げる。
「待ちなさいっ」
「まだ何かあるんですか?」
そう聞かれて、伯母がまた言葉に詰まる。
「樹はもういいから、その子は置いていきなさい」
「そんなに鷹島さんに訴えられたいんですか?」
「親権はうちにあるんだからあんな若造に口出されることじゃないのよっ」
ヒステリックにそう叫びながら叔母さんも立ち上がった。
「気にしなくていいよ、行こう」
肩に手を回されて叔母に背を向けた。
「待ちなさいって言ってるでしょう!」
その声を無視してふすまを開けようと一歩進んだ樹さんが突然僕の腕を引っ張った。
ふすまを背にして樹さんと向き合うような形になって両肩を強くつかまれる。
ゴッという鈍い音と同時に樹さんが顔をしかめた。
僕の両肩に樹さんの体重がかかる。
そして樹さんは畳に肩膝をついた。
「・・・っ・・・」
「え・・?」
何が起きたのかよくわからなかった。
それがわかったのは、テーブルの上にあった湯のみが近くに転がっていて、こぼれたお茶が畳に染み込んでいたのをみた時。
そして、テーブルの向こうにいる叔母の息が荒いことに気がついた。
樹さんは・・・僕に投げつけられた湯飲みを自分の背中で受けた。
「えっ・・・なんで・・・」
どうしてこんなことになってるのかよくわからないままに自分も膝をついて、樹さんの体を支える。
「そんな子かばうからよ。樹、どきなさい」
その声を聞いても樹さんは動かない。
「聞こえないの!?どきなさいっていってるでしょうっ!?」
また、テーブルの上にあるものを手にとった。
危ない、と思って樹さんの前に立とうとしたけれど、それはできなかった。
「いいから」
そういわれるのと同時に樹さんの手が肩にまわって、強く引き寄せられて動けなかったから。
おでこが樹さんの胸に当たる。
何が起こってるのか全然見えないけれど鈍い音が響くたびに樹さんの手に力が入った。
「いつまでそうしてるつもりなのっ、どきなさい!」
この人がそう言ったのは、一体幾つ物を投げた後だったんだろう。
「樹っ!」
甲高い声で呼ばれたのも無視。
「どきなさいって言ってるでしょうっ!?」
その声がすぐそばで聞こえた。
樹さんの体が揺れる。
その反動で何が起こってるのかをみることができたときに見えたのは叔母が樹さんを必死にどかそうとしている図だった。
それでもやっぱり叔母さんの力では樹さんを力ずくで動かすことはできない。
それに焦れたのか、あらん限りの力で樹さんの頭をたたいた。
「・・っ・・」
さすがにそれには樹さんから声が漏れる。
でも、それでも樹さんが動く気配は全く無い。
「お父さんだって黙ってませんからね」
一言だけいって、伯母さんは部屋を出た。
「大丈夫?」
伯母さんが部屋を出た後に顔を上げた樹さんが一番に発した言葉がそれだった。
それはこの人が言うせりふじゃないし、本来この人が受ける痛みでもなかったのに・・・。
「すみません・・・」
「なにそれ・・・大丈夫って聞いたんだけど」
「でも、僕のせいで・・・」
「君がされたことより全然ましだよ」
「だから、僕は慣れてるけど・・・」
言葉を言い切る前に樹さんが立ち上がった。
背中が相当痛むのか、足元がおぼつかない。
「とりあえず部屋に帰ろう」
樹さんに肩を貸しながら、部屋までの長い距離を歩いた。
部屋に帰りついた瞬間に、樹さんはシャツを脱ぎ捨てて、うつぶせにソファへと倒れた。
「大丈夫ですか?本当にすみません・・・」
隣に座り込んで、背中に手をあてた。
「大丈夫だから。しばらくほっといて」
そう言う声は聞いてるこっちが辛くなるくらい、本当に痛そうだった。
こういうとき、応急処置でもできればいいのに。
冷やしたほうがいいのか、余計なことをしないほうがいいのか・・・全然何もわからなかった。
うつぶせになって苦しそうに息をしているこの人のとなりで何も出来ずに座ってた。
苦しそうな息は時間がたつにつれて落ち着いていって、そのうちに寝息へと変わった。
それでもずっと、隣を離れることは出来なかった。
作品名:君ト描ク青空ナ未来 --完結-- 作家名:律姫 -ritsuki-