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律姫 -ritsuki-
律姫 -ritsuki-
novelistID. 8669
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君ト描ク青空ナ未来 --完結--

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16

加川が気を使ったのか、朝食はバイキング形式だった。
クロワッサンと目玉焼きとトマト、それだけが一人一人の皿に盛られていて、あとのものは自分で好きなだけ取れるようになっている。

私の様子を伺ってから大皿に手を伸ばす空流が自分の皿をからにするのを見計らって、他のものも勧めた。
『もう、大丈夫です』
空流がそう言うまで、食べさせた。
どうせ私がこうすることを見越した上のバイキング形式だろうから。
そういうまで食べさせても、普通の成長期の男子が食べる量としては少なすぎて、思わず加川と目を合わせた。

それでも、ここ数ヶ月まともな食事を取っていなかった分にはこれだけ食べれば充分かもしれない。
徐々に普通の食事に慣れていければいい。食事の後は、空流を庭に連れ出した。
敷地外に出たいのは山々だけれど、人里はなれた場所に立っているから敷地の外は、道も悪いし坂道が多い。
海にも歩いていける距離だけれど、車椅子で散歩をするには危険すぎる。
それに、庭のつくりには少し自信があった。

なるべく山の自然を壊さないよう作らせた場所。
家の庭というよりもむしろ自然公園に近い。
道の部分だけをだけが平らで整備されていて、それ以外はあるがままの森。

庭師の管理もいらない庭園。
うるさいくらいの蝉の鳴き声とかすかに聞こえる波の音が夏を感じさせる。
どんなに忙しくとも毎年必ずここに来るのはこの音を聞くため。

「このあたりは、全て家の敷地なので好きなように動いてください」

空流にそういって、車椅子から手を離した。
自分で車椅子を進めていくのを見守りながら、その後ろの少し離れたところをゆっくりと歩く。

快晴の青空を見上げながら歩いても、誰にもぶつかることもない。
いい天気だ。
午前中でも太陽はジリジリと照りつけてくる。
気温は高いけれど、時々ふいてくるさわやかな海風がそれを感じさせない。

小さい頃からずっと、この家が好きだった。
母も妹も、人里はなれすぎてると言ってここを嫌うけれど。

自分で自由になる金が出来てから、この家の改築と庭の整備をした。
そうしたことを今、心から良かったと思う。

そんなことを考えながら、しばらく歩いた後に空流の車椅子を進める手が止まった。

「どうしました?」
そう聞くと、空流は右を指差した。

日光を反射してキラキラと輝く海。
それがそこにあった。

ちょうど庭の散歩コースを半分まで来た合図。
海水浴場なんかじゃない沖合いの海を一望できる場所が一番の自慢。
驚かせようと思って、わざと黙ってた。
空流には、海が近くにあると言ってあっただけ。

「驚きましたか?」
そう聞くと、首がたてに動いた。

ここに来ると今まで聞こえてた蝉の声はとたんに小さくなって、波の音がひときわ大きく聞こえる。

しばらくそこに佇んだ後、そろそろ行きましょう、と声をかけた。
「ちょうど、ここが折り返し地点ですよ。反対の道を通って、帰りましょうか。結構時間も経ってます。」

自分にとっては心地よい木漏れ日でも、長い間日光に当たる事の無かった空流にとっては刺激が強いかもしれない。
早めに戻っておくのが良いだろう。

車椅子の後ろに立って押そうとすると、空流が後ろを向いて首を振った。
「自分でこぎたいですか?」
その問いかけにははっきりと頷く。
もちろん快く手を離した。

空流が庭を気に入ってくれたことも、もちろん嬉しかったけれど、ここへ来た事の一番の収穫は今だと、そう思った。

何気ないことかもしれないけれど、空流が初めて自分で何かをしたいという意思表示をしてくれたこと。
それが一番、嬉しかった。