君ト描ク青空ナ未来 --完結--
16
「従兄・・・だった?」
その内容もさることながら、過去形であることが気になって聞き返す。
「話し始めると、長くなります。そして・・・私がこの話をすることを躊躇っていたのは、空流に知られたくないこともあるからです」
けれど、空流は誠司に知られたくないと思っていたことも話してくれた。
だから誠司も、それに応えたかった。
黒川大地。
旧家へ嫁いだ父の姉が産んだ子。誠司の従兄といっても、その年の差は大きく、誠司が小学生だったときにはもう成人をとうに過ぎていた。
誠司は生まれるのが遅かったため、鷹島の跡取りとされたのは彼だった。
だから大地は大学を卒業してから鷹島の本家にいることが多かったし、まだ子どもだった誠司は、よく彼に懐いていた。
多分、誠司にとって彼は父親のような存在だっただろうと思う。
自分の本当の父親は仕事人間で、普段誠司の相手をすることなどはほとんどなかったから。
鷹島の家では家族に対しても敬語が当たり前。
けれど大地は誠司に、まだ子どもなのにそんな言葉遣いする必要ないよ、と言って笑ってくれた。
垂れ目がちな目で、本当に優しく穏やかに微笑む人だった。
そして、とても頭がいい人だった。
それが鷹島に引き込まれる原因となったわけだけど。
彼の母である伯母は、大地が鷹島へ入ることに随分と反対したと聞く。
けれど、そのときは時代が時代だった。長く続く不景気で、一流大学を出ても就職先を見つけることは容易ではない。加えて鷹島グループからの圧力もあるとなれば、就職活動はかなり困難。
結局、会長の言うとおり鷹島の一員として働くことしか道は残されていないようだった。
優しい彼には、それはどんなに辛いことだっただろうと思う。
時には要らないものは切り、利用できるものは利用しないとやっていけない世界。
さらに、自分の望みはままならない。
大地には、付き合っている女性がいた。
そして、鷹島の会長が連れてきた彼の立場にふさわしい婚約者候補がいた。
もともと付き合っている女性と別れることを強いられていたのだろう。
けれど、大地は彼女のことを本当に愛していたし・・・何より彼女はもう一人ではなかった。
「彼女の名前が、寺山七海。そのときに身ごもっていた子どもというのが・・・空流です」
そこから先の話は、簡単。
大地は、鷹島で築いたものよりも彼女と新しい命を選択した。
彼が自分の運命を選択した日、誠司は夜遅くに自分の部屋のドアが叩かれたのを聞いた。
ドアを開けると大地の姿。
自分はもういなくなる。誠司にはきっと僕の分まで鷹島の重荷を背負わせることになってしまうだろう。本当にごめん。でも、僕は自分の一番大事なものを守りたいんだ。
それを言って、彼は鷹島の家から出て行った。
彼の薬指には、指輪が光っていた。
まだ幼かった誠司にはその言葉の意味はほとんどわからなかったけれど、大切なものを守るために大地がいなくなってしまったということだけは、理解できた。
後々の親族の話で、それが彼女と彼女の子どもだということを知った。
幼かった誠司に残ったのは、大地にとって、自分は『大切なもの』ではなかったのだという事実だけ。
随分、自分の運命を呪った。そして恨んだ。
――大地の『大切なもの』なんてなくなってしまえばいいのに。
――『付き合っている女性』なんてどうせ大地にはつりあわない、子どもなんて生まれてこなければいい。
作品名:君ト描ク青空ナ未来 --完結-- 作家名:律姫 -ritsuki-