君ト描ク青空ナ未来 --完結--
15
誠司が仕事を終え、家へ戻ると、家のどこにも電気がついていなかった。
いつもなら、居間もキッチンも電気がついているはずなのに。
もしかして、まだ空流が帰っていないのかと思ったけれど、靴は玄関にある。
「おかえりなさい」
居間のドアが内側から開けられた。
ここ数日、元気がないことはわかっていたけれど・・・今日は別格だ。
電気もついていない真っ暗な部屋でずっと一人でうずくまっていたのだろう。
「ごめんなさい、ご飯作れなかった・・・」
頭に手をおいて、そんなことはいいのだと言う。
空流が一人、暗闇で何かと闘うことに比べたら、そのくらいのことは本当になんでもないことだ。
今日ばかりは、空流がなんでもないと言い張っても何があったのか聞き出すことにする。
肩に手を置くと、その瞳から涙が零れた。
収まるまでずっとそうしていて、空流が話し出すのを待つ。
やっと出た言葉は、空流自身と誠司の関係は世間から見たらどうなのか、ということ。
「誰かに、何か言われたんですね?」
問いかけるが、返答はない。
きっと誠司にはとても言いにくいことなのだろう。
「ここ数日に起こったことを、全部話してください」
それを言うと、またしばらくは黙ったまま。
「では、まずは一昨日について1日どういう生活をしたのか話して」
駐車場で空流と遭遇した日。思えば空流の元気がないのはあの時からだった。
「朝は何時ごろに学校に着きましたか?」
少しづつ聞いていくと、空流もそれに答えて話し始めた。
その日の放課後に何があったのか。次の日はどうだったのか。
そして今日、何を言われたのか。
話すことにしばらくためらっていたけれど・・・。
「誠司さんと、前に『約束』したから・・・話します・・・でも誠司さんにとって聞いてて気持ちいい話じゃないです」
『約束』とはお互いに思ったことは何でも話す、ということ。
その約束を守ろうとしている空流をみて、誠司の心が痛んだ。自分は空流に話していないことがあるから。
編入試験の前日にオフィスに届いた封筒。あの内容をまだ話すことができていない。
けれど、とりあえず罪悪感は置いておくことにして、空流の話に耳を傾けた。
聞いているうちに、空流を傷つけた矢口というクラスメイトへの怒りが沸き起こる。
それと同時に誠司自身への怒りも同じくらい感じていた。
空流が数日思い悩んでいたのは、自分のせいでもあったわけだから。
話を聞きおえて、やっと電気をつけてソファへと移動した。
もう少し落ち着くためにと、電話でケータリングを頼む。
「とりあえず、お腹に何か入れないと何も考えられないですから」
それも本当だったけれど、空流と話をするために時間を置きたいという理由もあった。
自分の一存で握りつぶしていた封筒。
空流の話を聞いて、あれの内容を本人に伝えなければいけない日が来たのだと感じたから・・・。
なんとなく気詰まりな雰囲気の中で食事をした。
けれど、これだけで少し前向きな気持ちになれる。
食事がある程度片付くと、鞄の中に入れっぱなしだった封筒を取り出した。
「確かに世間から見たら、私と空流の関係は上手く説明ができません。あなたくらいの年の子たちから見れば、誰と一緒に住んでいるのかということはとても大事なことですよね。それをすっかり失念していました」
自分の配慮が欠けていたと今更ながらに反省する。
親戚でもなんでもない人・・・しかも自分のような立場の者と一緒に住んでいれば、心無い噂が立つことなど簡単に予測できたはずなのに。
「いままで親戚の人の家にいるって嘘をついてたんです。でも・・・もう真志や圭介に嘘は言いたくない・・・」
「嘘を言う必要はありません」
持っていた封筒を机の上に置いた。
「何ですか?」
「以前、あなたのお父さんについて調べてみたい、と言ったことを覚えていますか?」
アパートにあった荷物に入っていた写真。そこに写りこんでいた男の人と指輪。
まさか、何かわかったのかと空流の目が封筒を凝視する。
「今はもう会えぬ人となっていますが・・・名前は黒川大地」
封筒を見ていた空流の目がこっちへ向いた。
「彼は、私の従兄・・・でした」
苦々しい思い出を語るかのように、その言葉を搾り出した。
作品名:君ト描ク青空ナ未来 --完結-- 作家名:律姫 -ritsuki-