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律姫 -ritsuki-
律姫 -ritsuki-
novelistID. 8669
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君ト描ク青空ナ未来 --完結--

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14

廊下を水滴で濡らしながら、3組の前までたどり着いた。
中から話し声がしないことに安心して、扉を開ける。

「空流、そんなに濡れてたら風邪引くよ」
待っていたのは、成績優秀な友人の姿。
腕を引かれて自分の席に座ると、うしろからタオルで髪を拭いてくれる。
冷え切った体に乾いた布の温度が暖かい。
「これさ、僕の予備のYシャツだけど、よかったら着替えなよ。僕はちょっとトイレ行ってくる」
タオルとYシャツを置いて、圭介が教室の外へ出た。

そのYシャツが入った袋には、ついさっきの時刻が印字された購買部のレシートが入っていた。
着替えている間に教室を出たのも、空流への配慮。

タオルで体を拭いて、新品のYシャツに袖を通した。
ボタンがはじけとんだシャツはビニール袋に入れて鞄へ押し込む。

着替え終わったころを見計らって圭介が戻った。
「もう少し、雨足が弱まってから帰ったほうがよさそうだね」
隣の席に座って、頬杖をつきながら外を眺めている。

「・・・圭介」
「なに?」
「なんで、何も聞かないの?」
それを問う人の手は、緊張して拳が握られている。
圭介は何を言おうかと少し困ってから、口を開いた。
「じゃあ、1個だけ聞く」
何を聞かれるのかと怯えるように空流の視線が移動する。
「今の生活、辛い?」
圭介の言葉は空流にとってあまりに予想外で、握り締めていた拳が緩む。
そして聞かれたことへの答えをよく考えてみた。
編入に疑惑をもたれたりとか、矢口に言われたこととか・・・いいことばかりじゃない。でも、普通の学校生活ができて、いい友達がいて、何よりも家に帰れば愛する人がいる。
「辛くなんか、ない・・・」
「それならいいんだ」
安心した、と笑って再び友人は窓の外を眺めた。
「雨、弱くなったかな?」
窓を開けて手を出すと、予想以上に手に雨粒が当たったよう。
「全然弱くなってないや」
ハンカチで手を拭いて、自分の席に座る。
「圭介。真志は・・・何か言ってた?」
気になっていたことを聞くと、返ってきたのは困った顔。
きっと、軽蔑されたのだろうと思う。
名前の通り、すごく真っ直ぐで、素直で、努力で不可能を可能にしてしまうような、そんな人だから。
空流は矢口の言ったことをはっきり否定しなかった上に、彼の言うことを裏付けるような証拠もある。裏を返せば単純でもあるあの友人はきっと矢口の言うことを信じただろう。
「お願いだから、正直に言って」
圭介はなんと言おうか迷ったけれど、空流の真剣さに応えるには嘘を言うわけにはいかなかった。嘘をいったとしても、明日からの真志の態度で察することが出来てしまうだろうから。

「でも、真志って興奮すると心にもないこと言うし・・・」
そう言っておいたけれども、友だち暦の長い空流にそのフォローは無効なようだった。
窓ガラスをたたく雨音がさっきより増して、教室中に響く。
「・・・ありがと、圭介。僕もう帰るよ」
「でも・・・」
「Yシャツも今度返すから。ありがと」
「空流っ」
圭介の呼びかけには答えずに、教室を出た。

傘を差して、駅へ。
体が覚えている通りに動いて、改札をくぐろうとしたとき。
「空流」
呼びかける声に振り向くと、教室にはいなかったもう一人の友人の姿。
「真志・・・」
その姿は雨でびっしょりと濡れている。
「一個だけ、聞かせてくれよ。矢口の言ったことなんて全部嘘だよな・・・?」
その視線は、嘘だと言ってくれと如実に訴えかけていたけれど、真志が望む言葉を言うことはできなかった。
矢口の言った言葉は、空流にしてみれば嘘八百でも、矢口からみれば真実である一面もあるのだから。
「嘘じゃ、ないよ」
問いかけてくる彼の顔を見れぬままにそう言う。
「そっか・・・。俺、もうお前のこと全然わかんないや」
それを言って、空流とは反対方向へ向かう電車のホームへ降りていった。

辛いとき、一緒に頑張ろうぜ、と笑いかけてくれた瞳はきっともう二度とこっちを向いてくれないのだろう・・・。それを思うと、その場に座り込んでしまいたいくらいだった。
そんなことは出来るはずもなくて、いつもどおりに改札をくぐって帰路をたどる。


帰って、居間のソファにぼうっと座っていると、玄関が開く音がした。
ふと気がついて時計をみると、誠司が帰る時間。
しかも、今日は家でご飯を食べると聞いていた。
「あ・・・」
慌てて立ち上がるけれど、もうどうしようもない。
「ただいま帰りました」
「おかえりなさい」
居間のドアを開けて迎えるけれど、使った形跡がないキッチンを不審に思ったことだろう。
「ごめんなさい、ご飯作れなかった・・・」
下を向いていると、頭に柔らかく手が置かれた。
「ご飯を作ることとかは、空流が『しなきゃいけないこと』じゃないんです。いつも私が空流の好意に甘えてるだけなんですから」
誠司の言うことは、頭に置かれた手と同じくらいに柔らかかった。

けれど、今はその優しさが辛い。
自分には、ほんのわずかしか誠司にできることがないのに、そのわずかなことですらもできなくなるなんて。
役に立たないと厳しく叱ってくれれば楽なのに、とさえ思う。

頭を放れて、肩に置かれた手。
その温かさに耐え切れなくて、数時間ずっと我慢し続けていた涙が流れた。

早朝と同じように、空流が何かを言い出すまで、誠司はずっと傍にいて肩を抱いていてくれた。


やっと空流が搾り出しすことができたのは、空流が思っていた以上に酷い言葉だった。
「僕は誠司さんの何なんでしょう・・・世間からみたら」
そんなことしか言えない自分がまた、どうしようもなく嫌だった。