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律姫 -ritsuki-
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novelistID. 8669
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君ト描ク青空ナ未来 --完結--

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15

秋山夫妻へ電話をかけなおした後に、『細かい話』を始めることになった。
「食事を、と加川に頼まれたんですか?」
「誠司さんは食事をとらない習慣があるんですか?」
質問を質問で返されて答えに窮する。加川から得た知識だろう。
さすがに養育係には敵わないとばかりに誠司は苦笑い。
「頼まれたんじゃなくて、僕が自分でやりたいと言ったんです」
その言葉に、少なからず嬉しくなる自分にも苦笑する。
「あの、迷惑・・だったら、言ってください。加川さんみたいに上手に作れるわけじゃないので・・」
ソファで隣に腰を落として、肩を抱き寄せる。
「嬉しいですよ、好きな人が自分のために何かをしてくれるということは」
空流が明るく微笑んで、その話は決定。
「では、経費を渡さなくてはいけないですね」
そういって誠司が立ちあがり、部屋に入って何かをとってきた。
「これをもっていてください」
机の上に出されたものは通帳とカード。
「え、これって・・・」
「私のですがほぼ使っていない口座です。ここに振り込んでおきますから好きなときに引き出して使ってください」
現金以外のやりとりなんていうのはほとんど別世界の話。
銀行を通してお金の管理をすることに慣れきっている誠司とは違って、これだけのことでも頭がついてこない。
けれども、すぐに追い討ちをかけられた。
「とりあえず、一月分としてまとまったお金をいれておきますが足りなかったら言ってください」
空流の頭の中がフリーズした。
一体、何をいってるのか。
この人に言いたいこと、言わなければいけないことはたくさんあるはずなのにどれから言って良いのかが出てこなかった。
「それから、余ったお金はあなたが自由に使ってかまいません」
とうとう眩暈がした。
こんなに簡単に人にお金を渡してしまうのはどうなのだろうか。
人生経験の少ない空流ですらそう思う。
冷静に話をするためには頭を整理しないといけない。
まず、食事を作るにさしあたって確かに経費が必要だ。
それは受け取らなければいけない。
けど、銀行口座ごと渡されるなんて聞いたこともない。
そして・・
「余ったお金ってを自由にって・・・」
「私のために働いてくれるお礼だとでも思って」
あまりにも優しく誠司がそう言ったから思わず頷いてしまった。
あの笑顔に騙された、と空流が後悔するのはすぐ後。

それから、数日後に口座の金額を確認して『一か月分』とさらりと言い切った誠司に空流が倒れそうになるのもいつものこと。


朝ごはんを作って誠司を送り出すと、何もすることがなくなる。
「鍵あるし、外いってみようかな・・・」
出かける準備をして、外へ出ようとエントランスを通り過ぎるがホテルや美術館の中にいる気分にさせる。
・・・やっぱりすっごいお金持ちなんだな・・・。
ここ最近改めてそう思うことが多い。

とりあえず本屋にでも行ってこの辺の地図を手に入れたい。
お金は千晴さんたちのところで稼がせてもらったものをもってきた。
ペンションにおいてきてしまった分は後日空流の使っている口座に振り込んでもらえると連絡を受けた。
どこに本屋があるかはわからないからとりあえず駅へと向かう。
「すみません、駅はどっちですか?」
近くにいる人を捕まえてそう尋ねながら歩いた。
ちゃんと帰れるように道は覚えながら。

思ったよりも早く駅が見えてきた。
「あ、ここの駅だったんだ・・」
名前に見覚えのある駅。
前に住んでいたところの最寄り駅から直通運転で繋がっている。
降りたことはないけれど、電車に乗るたびに路線図で見かける駅だった。
この駅からなら、いける・・・。
「・・・どうなってるんだろう」
その問いは今までに何度か頭をよぎっていた。
母親と暮らしていた場所。
全部が全部幸せとはいかなかったけれどそれでも温かい大切な場所。
けれども、それと同時に悪夢に追いやられた場所。
葬儀の直後にあの場所を離れてしまった。
遺品やもともとの自分の私物はどうなっただろう。
アパートの大家さんが取り仕切ってくれた葬儀だし、もう捨てられてしまっただろうか。
ろくにお礼もせず色んな物をほったらかして消えてしまった息子を大家さんはどう思っているのだろう。
無責任、身勝手、冷徹。
非難の言葉はたくさんある。
その言葉を浴びせられるのが怖くて、考えないようにしていた。
けれど、それを覚悟した上で行かなくてはならない。
もう弱い心をもったままではいられないから。
それは紛れもなく、大好きで大切な人と一緒に居るために。

一回息を大きく吸ってから、切符を買って改札をくぐった。