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VARIANTAS ACT13 背負い

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「あなたの事は聞いているわ。辛かったわね…でもね、グレン。あなたと同じ事を思っている人がもう一人いるのよ…?あなたは彼に何をしてあげた?どんな言葉をかけてあげた?人はみんな、何かと闘っているわ。でも彼の闘っているものは途方も無く大きいの。そんな彼を、仲間である私達が支えてあげなければいけないのよ。本当はね…グレン…彼ってとても不器用な男なの。気持ちを言葉に出して言えない人。そんな彼を支える事が、私たちの出来る“闘い”じゃないかしら?」
「私にそんな事…できるんでしょうか?」
「出来るわ、グレン。あなたなら出来る」
 エレナはそう言うと、グレンにロールケーキを差し出した。
「このケーキね、シティーの“シャトレーゼ”ってお店で買ってきたの。そのお店、今では珍しくパティシエがケーキを作っているのよ?だから、ケーキ一つ一つに作り手の、幸せな気分にしてあげたいという心が込められているの。重要なのは、本当の気持ちよ…」
 俯くグレン。
「私…そんな事考えた事もなかった…大佐は私達の為に闘ってくれているのに、私は自分の事ばかり考えてた…」
 彼女が顔を上げた。
「私、闘います!自分の出来る戦いを!そうすればきっと、彼の支えになれるから…」
 彼女はそう言って、エレナの顔を見つめた。
 彼女の腹が鳴る。
「あのぅ…ケーキ食べてもいいですか?」
 グレンが恥ずかしそうにそういうと、エレナは微笑みながら答えた。
「どうぞ」
 嬉しそうにケーキにぱくつくグレン。
 そんな彼女を見て、エレナは心の中で呟いた。
「(この子だけは…不幸にしないでね…グラム…)」
 彼女は深く心から願った。




************




『その人の事、今も覚えていますか?』

 出ていく時、彼は私にそう尋ねた。
 純粋で悪意の無い質問。
 私は答えずに、取り調べ室を後にした。
 頭の中がチリチリする。
 こんな事が前にもあった。
 昔、CAMSでの再生治療を受けた後、軍医は私に同じ質問をした。私が軍医に、「何故そんな事を聞くのか」と問い質したら軍医は、「記憶の再生の為」と答えた。
 その時も今と同じように、脳の奥がチリチリとしていたのを覚えている。
 その度に現れる“幻の君”…
 君は一体誰なんだ?
 無い筈の記憶から形作られる、君は…?


「よう」
 ビンセントが、あたかも偶然見掛けたかのようなそぶりで声を掛けてくる。
 わざわざ探して来たこと位、一目見れば分かると言うのに。
 彼が居るのは、いつもと同じ中央広場の同じベンチ。
 何かを考える時。
 悩む時。
 彼は決まってここに来る。
「何をしに来た」
 グラムは、ビンセントの姿を見分するかのように睨み付ける。
「随分とつれねぇなぁ…親友が慰めに来たのによ」
 ビンセントは彼の横に座った。
 両手には缶ビール。
 口には煙草をくわえている。
「ほらよ」
 ビンセントがグラムにビールを投げ渡した。
 彼は右手で受け止める。
「飲めよ。ぬるくなっちまったけど、空きっ腹には調度いいぜ?」
 ビンセントはそう言って、缶ビールを一気に飲み干した。
 鳩が地面を突いている。
 何の悩みを持たぬかのように、誰かの撒いた餌を啄んでいる。
 一匹の白い鳩がいた。
 その鳩は、群れから離れた所に立ち、餌にも目をくれず、ただグラムの事をじっと見ている。
「災難だったみてぇだな…」
 ビンセントの言葉は、単刀直入に核心へ迫った。
「でも自分を責める事はねぇよ、グラム。それがその人間の択んだ道だ」
 グラムの心に火が灯った。
 択んだ道?
 死ぬ事が?
 死を選ぶ事が、避けようの無い選択だったと言うのか!
「道だと?」
 心に反して、彼の言葉は自分でも意外な位に落ち着き払っていた。
「お前は間違っている。死を選ぶ事など、正しい訳が無い」
 グラムの、余りにも真っ直ぐな答えに、ビンセントは苦笑の色を隠せなかった。
「ぶわはははは! 捻りがねぇなぁ、おい!」
 グラムが眉を歪める。
「何が可笑しい!」
 ビンセントは煙草を大きく吹かした。
「なぁ、グラムよ…今この瞬間に、何人の傭兵がくたばってるか、お前には分かるか? 10や20なんて数じゃねぇ…未だあちこちで続く小競り合いやら紛争やらで、奴らぁボロ雑巾みてぇに死んでいくんだ…それでも奴らぁ闘いを止めねぇ。奴らぁ戦場の中でしか生きていけねぇ。俺達傭兵はな、どこかが少しおかしいんだ」
 夕暮れの風が頬を撫でる。
 夕闇の中、徐々に減っていく人影。
 植えられた街路樹から散る枯れ葉が、風に吹かれて舞っていく。
「ただ死ぬ為に生きるのか?」
 ビンセントは答えて言った。
「ちげぇよ…生きる為に死ぬんだ。俺達は金の為でも、忠義の為でもなく、ただ自分達の志の為に引き金を引く。自分が死んでも、生き残った仲間が必ず成し遂げてくれるって信じてっからだ」
「誇りは命を縮めるぞ?」
「自信過剰もな」
 ビンセントがベンチから立った。
「いくら力があったとしても、力はいつか自分を裏切る。力は絶対じゃねぇ。“力”を持つ奴にとっちゃ、逃げられねぇ宿命だ。それでもなぁグラムよ…俺達は託されてんだ。奴らから…将来を託されてんだよ」
 グラムは言った。
「将来なんて捨てている」
 ビンセントは彼に答えた。
「違う。将来がお前を捨ててんだ。自分を好きになれよ…グラム。長く付き合うんだからな。自分を救えねぇ奴に、他人は護れねぇぞ?」
「お前は、自分を救えたか?」
 ビンセントは振り返り、グラムに答えた。
「復興作業中!」
 立ち去っていくビンセントの背中は、どこか寂しく見えた。
 グラムは、彼から受け取った缶ビールのフタを開け、中味を飲み干した。
 飲み慣れている筈のビールの味が、今日は苦く感じる。
 人を救う事と自分を救う事…
 自分に託されている事…
 “護る”と“守る”…
 似て異なる二つの言葉…
 これを同時に熟すのは難しい。
 だが、それが自分の道…
 背中に背負っている自分の使命…
 散っていった者たちへの、せめてもの償い…
 力が自分を裏切るまで…
 鳩が飛んでいく。
 灰色の鳩達が。
 灰色の群れに混じる白い鳩。
 彼はその鳩を、見えなくなるまで見つめ続けた。





Captur 5

 私は望む。
 護られるだけでなく、闘い護る事を。
 私は臨む。
 自分の出来る闘いに。
 本来、人間一人の始まりなど、二つの細胞が偶然出会う事に過ぎず、発生した人間個体の出会いも又、偶然に過ぎない。
 それでも人は、出会ってきた人々を想い、愛して止まない。ただ、偶然に出会っただけの人々と共に歩もうとする。
 そんな人間が、私は…


 今の彼女は、サンヘドリンの技術者でなく、ジェネシック社の一社員としてそこに立っている。
 試験機を危険に晒し、事もあろうに重要な人材を失った社は、自分達の致命的な損失を恐れた。
 それを避ける為に彼等は、リセッツクロウと“当事者”を、サンヘドリン本部に一時保管。
 処理完了の後に、全てを回収する手筈を整えていた。
 全てが完了した今、彼女には帰社命令が出されている。