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VARIANTAS ACT13 背負い

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 グレンは首から掛けられたサンヘドリンのIDカードを外し、ガルスの目の前に置いた。
「お世話になりました」
 一礼する彼女に、ガルスが聞く。
「グラムに、会っていかなくても…?」
 彼女は答える。
「時間が無いみたいです。残念ですけど…。代わりに彼に渡して欲しい者があるんです」
 彼女はそう言って、一つの封筒を渡した。
 封のされた、何も外側に書かれていない封筒。
「私が出て行った後に、彼に渡して下さい」
 彼女は出て行った。
 彼女の居ない今、封筒はグラムの手元にある。
 彼はそれを開け、中に入っていた手紙を読んだ。

 私は望む。
 護られるだけでなく、闘い護る事を。
 私は臨む。
 自分の出来る闘いに。
 本来、人間一人の始まりなど、二つの細胞が偶然出会う事に過ぎず、発生した人間個体の出会いも又、偶然に過ぎない。
 それでも人は、出会ってきた人々を想い、愛して止まない。ただ、偶然に出会っただけの人々と共に歩もうとする。
 そんな人間が、私は愛おしく思う。
 大佐…
 人には“定められた運命”など無いけど、“宿命”はあります。
 だれもがその背中に背負っている大きな使命が…
 私は大佐と…、みんなと出会って、その重さを知りました。
 でももし、その宿命を、大佐が一人で背負うつもりなら私は、あなたの上に被さってでも、共に背負いたいと思っています。
 大佐…、私は戦場に出て闘う事は出来ないけど、大佐には出来ない闘いができます。
 私は私の闘いを、大佐は大佐の闘いを戦い抜いて、最後は同じ物を護っていきたいから…
 私は民間人で、大佐は偉い軍人さんで、考えの違いは有るかも知れないけど、それもきっと、苦難を乗り越える力になるから…
 先生はきっと、自分の闘いを戦い抜いて、最後は大佐に託したんだと思います。大佐はみんなの希望だから…
 どうしよう…
 書きたい事はいっぱいあるのに、言葉が思い付かないです…
 そうそう…
 昔誰かが、「タマゴを割らなきゃ、オムレツは作れない」と言っていたのを思い出しました。
 だから私、少し考えてきます。
 考えて考えて、“一番おいしいオムレツ”を作れるようになって戻ってきます。
 多分それが私の使命だから…
 この手紙、恥ずかしいから読んだ後は処分しちゃって下さい。
 あと、約束通り、私が居なくなった後に読んでくれてありがとう。
 みんな大好きです。


 彼は中央広場のベンチに座りながら、静かに手紙を閉じた。
 頭上には雲一つ無い青空が広がり、耳元では心地良い風のささやきが奏でられている。
 彼は昼時の、よく晴れた空を見上げた。
「今日だったんですね…彼女が帰る日…」
 聞き慣れた声が聞こえる。
「彼女が手紙をくれた」
「なんと書いてありましたか?」
「『自分の闘いを戦う』…と。私は護っているとばかり思っていた。でも実際は、護られていたんだ…」
 エステルが、今にも崩れてしまいそうな表情で彼に言う。
「彼女…帰って来るでしょうか?」
 グラムが、澄んだ表情で答えた。
「さあな…ただ一つ確かなのは、今のグレンは、昔の彼女じゃないと言う事だ」
 彼の瞳が、エステルの瞳を見つめる。
「彼女は必ず帰ってくる…必ず…その時は、笑顔で迎えよう」
「大佐…」
「なんだ」
「彼女は大佐の事を…」
「エステル」
 彼は彼女に言った。
「大昔に、ヘミングウェイという作家が言った。『この世は素晴らしい。戦う価値がある』とね。私もそう思う。ただ、私の世界は小さい。手に届く範囲が私の世界…そしてその世界の中に、君が居る。幸福というものは、一人では決して味わえないものだ、エステル…本当に幸せなのは、目覚めた朝、愛する人間が居る事だ」
 彼女は彼の瞳を一心に見つめながらこう言った。
「不思議です。口先だけで『愛してる』と言われても簡単に無視できますけど、態度で示されると…ついほだされてしまいます」
 グラムはゆっくり微笑み、エステルの手を取る。
「我々は現在だけを耐え忍べばいい。過去にも未来にも苦しむ必要は無い。過去はもう存在せず…」
「未来はまだ存在していないのだから…」
 彼は彼女に言った。
「一つ謝りたい事が有る」
「はい?」
「グレンに…また何も言えなかった。努力は…したのだが…」
 エステルの顔に、ゆっくりと笑みが広がる。
「大丈夫よ…グラム…。少しずつで…彼女が帰ってきた時に、『おかえり』って言ってあげれば…」
 彼の目の前を、白い鳩が飛んでいく。
 彼は言わずにはいれなかった。
 エステルに…
 そして、グレンに。

「ありがとう」と。

 鳩は、雲一つ無い青い空に、羽ばたき消えて行った。


[ACT 13]終