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VARIANTAS ACT13 背負い

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「え?」
「死ぬかも知れないと分かっていたのか?」
「それはもちろん分かっていました」
「怖くなかったのか? 死ぬのが…」
 彼は一瞬の間を空けてから、グラムに答えた。
「怖かったですよ? 死ぬ程怖かったです」
「なら何故? 軍人でもないのに」
「…何故…でしょう?ただ、我慢が出来なかった」
「我慢?」
「戦う力を持っていながら、それを使わない事が…戦いに出れば、自分は死ぬかも知れません。でも、自分が戦いに出なければ、他の誰かが死ぬ。軍人さんはそう思いながら戦っていると、僕は思っています」
「民間人…」
「ええ。僕はただの民間人です。だから、最後まで戦えなかった。民間人の僕に、戦場で戦う術は持ち合わせていないから…」
「軍人になれば、最後まで戦えると?」
「僕はそう信じています」
「死ぬ目を見るぞ? 死は全てを失う…自分が死ななくても。友も、愛する人間もだ」
「大佐は、失った事がありますか?大切な人を…」
「ああ…多分ある」
「でも僕は戦いたい」
「なんの為に? 人類の為? 正義の為?」
「そんな大層な物じゃありません。僕の力なんてちっぽけな物…ただ僕は、自分の瞳に映る人くらいは、自分で守りたいから…」
 グラムは短く息を吸った。
「自分で守る…か…」
 彼は一刃の瞳を見つめ、彼に問う。
「軍人なら最後まで戦える。おまえはさっきそう言ったな?」
「はい」
「なら一刃、軍に来い。お前がその気なら、戦い方を教えてやる」
 グラムはそう言って席を立った。
「話は終わりか?」
「はい、大佐。ありがとうございました」
 背を向けるグラムを一刃が呼び止める。
 彼はグラムに言った。
「その人の事、今も覚えていますか?」
 足を止めるグラム。
 彼は振り返る事無く、部屋を後にした。




************




「ごめんなさいね。散らかってて…」
 医務室奥にある自分の執務室に、エレナはグレンを招き入れた。
 そこは10畳程の広さがある非常にシンプルな部屋で、デスクの上には幾つもの書類が積み重ねられている。
 部屋の隅には木製の猫足テーブルと、布製のソファーが置かれていた。
 これは彼女の趣味だろう。
「忙しいかったんじゃ…?」
 気を使うグレンにエレナが微笑む。
「今お茶入れるから、掛けて待ってて」
「ええ…」
 しばらく部屋を見回す。
 仕事でしか使わないにしても、あまりにも生活臭のない、ある意味、非常に無機質と言える室内。
 奥ではエレナが、給湯室で湯を沸かしている。
 ふと彼女は、デスクの上に何かを見つけた。
 ガラス板と金属製のプレート二枚で構成されたモダンなデザインの写真立て。
 その写真立ては、肝心な写真が見えないように伏せてあった。
 好奇心に駆られるグレン。
 その写真立てに、彼女はそっと手を伸ばす。
 そこに写っていたのは見慣れた男性とエレナの姿だった。
「だめよ、悪戯は…」
 突然エレナの横顔が、グレンの後から現れる。
「エ、エビング博士…?」
「エレナ…でいいわよ」
 彼女の背中に追い被さるように、エレナは身体を寄せてくる。
「それじゃあ…あの…エレナさん…」
「なぁに?」

 グレンの腰を、慣れた手つきで撫でるエレナ。
 身体を強張らせるグレンの耳に、彼女の湿った吐息がかかる。

「あ、あの…」
「あなた…その趣味は無いって言ったわよねぇ…」
「え…?ええ…」
「じゃあ私が…その趣味にさせてあげようかしら…」
「え…?」

 グレンの心臓が、まるでエンジンのように早くなる。
 顔が紅葉し、今にも倒れてしまいそうな彼女に、唇を寄せていくエレナ。
 腰をなでる手の小指がスカートの裾に掛かり、するするとめくってゆく。
 グレンは心の中で叫んだ。
「(ああ! どうしよう…! うまく抵抗できない! このままじゃ私、エレナさんに…!ごめんなさい、お母さん…私、こっち側の人間になりそうです…)」
 覚悟を決めるグレン。
 そんな彼女を他所に、エレナは笑いながら身体を離した。
「え…?」
「冗談よ、冗談。お茶、入ったわよ。それとも…続きがシたい?」
「えっ? いえ、結構です!」
 グレンが慌ててソファーに座ると、エレナは手際よくティーカップを彼女の前に置いた。
 カップ横の皿には、綺麗に切り分けられたロールケーキが乗せられている。
 エレナが、ティーポットからカップへ紅茶を注ぐ。
 カップから昇る白い湯気。
 それと共に、アールグレイの甘い爽やかな香りが部屋いっぱいに広がる。
「お砂糖は?」
「いえ…」
「ミルク入れる?」
「お願いします」
 紅茶の中に、白い渦が出来る。
「どうぞ」
「いただきます」
 ソーサーをカップの下に持ちながら、彼女は紅茶を一口含む。
 グレンに続いてエレナも。
「少し苦かったかしら?」
「いえ、美味しいです」
 二人の口元で、カップがゆっくり上下する。
「あの…一つ聞いてもいいですか?」
「なに?」
「写真の男の人って…」
 エレナはソーサーの上にカップを置いた。
「ええ。グラムよ」
 グレンの眉が、不安そうに下がる。
「二人は…恋人同士だったんですか?」
「恋人…ね…」
 エレナは紅茶を一口含んでから、彼女に答えた。
「私…ここに来る前は、CAMSに居てね、彼とはそこで出会ったの。彼は患者で、私は彼の専任心理カウンセラー。知ってる? 彼の事」
「エステルに聞きました」
「時には主治医、時には友人、時には支え…そうね、恋人だった事もあったわ…」
「二人はどうして…?」
「私が捨てたの」
「何故…?」
 エレナは少し考えてから、彼女に答えた。
「『待っていなくてもいい』って、彼が言ったから。それで後から気付いたの。私は彼の笑顔を見た事が無いって…」
 この言葉を最後に、二人の間を沈黙が支配した。
 長く、湿ったような沈黙。
 グレンが思い切って口を開く。
「ごめんなさい…変な事聞いちゃって…」
「いいのよ…」
 エレナは笑顔でそう答えると、グレンに問うた。
「あなたはどうなの?」
「え…?」
「好きなんでしょ? 彼の事…」
 次の瞬間、楽しげに話していたエレナの表情が固まった。
 眉を歪めるグレン。
 彼女の目は、不安と迷いの色に塗り潰されていた。
「どうして、そんな事聞くんですか?」
「違う? それとも彼の事嫌い?」
「違います…!嫌いとかそう言うのじゃなくて…好きですよ? 好きですけど…」
 急に黙り込むグレン。
 エレナは彼女の次の言葉を待った。
「一緒に居たいとか…付き合いたいとか…そう言うのじゃないんです…私はただ…」
「“護って欲しい”?」
 急にエレナの表情が険しくなった。
「あなたやっぱりそうよ。逃げてる。目の前の事から逃げてる」
「逃げてる…?」
「本当は傷付くのが恐くて、自分の気持ちから逃げてるだけ。護ってほしいなんて言い訳だわ」
「言い訳なんかじゃありません!」
「じゃあ何?好かれている訳でもない人間を、無条件で護れと言う訳?」
「じゃあ先生はどうして亡くなったんですか!大佐が護って…護ってくれていればこんな事には…!」
 彼女は途中で言葉を切った。