VARIANTAS ACT12 英雄の条件
「そうだ。戦線は局所に集中したものの、その全てが人口の密集する都市部だった。ベルセポリス、シドニア地域…そして、マリネリス峡谷のコプラテス…特にコプラテスは、戦闘が膠着状態になるまでの一週間で、非戦闘員を含めた1万2000人の死者を出した。兵士も一般人も、男も女も、老人も若者も、満遍なく。熾烈を極めた戦闘。無数の機動装甲。その日、都市は瓦礫と化し、人は骸と化していった。私の妻と子供はね…その時に死んだよ…あっと言う間だった。私はどうする事も出来なかった。ただその様子を見る事しか出来なかった。しかしだ、ミラーズ君…君は違う。戦える。その為の力を持っている。だから、過去に護れなかった人を思うより、今から護る事が出来る者を想え。過去に護れなかった者は、君の一部となって今も生きているのだから。エステル君達の事を思い出したまえ、ミラーズ君。共に生き、共に戦い、より良い物を使って欲しいと日々努力する仲間…彼女達の中でも君は、紛れも無く英雄だろう。しかし、ミラーズ君…忘れてはいけない。君は彼女達のような大勢の命を護ると同時に、彼女達に護られてもいる。戦いは確かに人を強くする。しかしその度に、心は荒んでいく…だが愛する者はそれを癒してくれる。樹を見たまえ、ミラーズ君。樹は、成育することのない無数の芽を生み、地に根をはり、枝や葉を拡げて、個体と種の保存にはありあまるほどの養分を大地から吸収する。樹は、その溢れんばかりの過剰さを使うことも、享受することもなく自然に還すが、動物はこの溢れる養分を自由で嬉々とした自らの運動に使用する。そしてある種のものは、樹を慈しみ労り、ある種のものは樹の下で憩い、一生を全うする。このように自然は初源から生命の無限の展開にむけての序曲を奏でている。そして樹は、物質としての束縛を少しずつ断ちきり、自らの姿を自由に変えていく。君は今まで、私の想像を絶する不幸を味わったかもしれない…だが私は、君がそれ以上の…有り余るほどの祝福を、彼女達から…そして人々から受けてきたと、信じている。君はそれを養分として生き、彼等を護ってきた…君はそれだけで十分、英雄と呼べる。いや、英雄と言う器にさえ納まらない。…少なくとも、私の中ではね」
ミハエルは椅子から立ち上がり、グラムの肩の上に、軽く手を乗せた。
「若い内は、大いに悩みたまえ…ミラーズ君。それこそ、君が人である証拠だ。どんなに辛い過去があろうとも、君は今生きている。確かにこの世は残酷かも知れない…それでも、散っていった者達は我々に言う…『生きよ』とね。哀しみで人生を擦り減らしてはいけないよ。人生は、生きた人間の為にあるのだから。今の君にならわかるだろう…精一杯、今を必死に生きようとする全ての人間が、偉大な戦士なのだよ。ミラーズ君」
力強く頷くグラムを見て、ミハエルは、彼の肩から手を退かした。
優しい表情で。
我が子を見守る父のように…
「さあ、戻るとしよう。ミラーズ君。もっとも、すでに迎えが来ているようだがね…」
「迎え…ですか?」
グラムは喫煙所の扉に目を向けた。
窓ガラスの縁に、グレンの前髪が見え隠れする。
一瞬、目が合い、グレンの頭が直ぐに影へ隠れた。
「見つかっちゃった!」
「最初からバレてますから…」
グレン達の、明るい声が聞こえる。
グラムは眉間を押さえ、溜息をついてから、すっと短く息を吸った。
「行ってあげなさい、ミラーズ君。レディを待たせるのは失礼だよ」
「はあ…」
ミハエルはそう言ってから喫煙所を出ていった。
後を追うグラム。
外ではグレンとエステルが、決まり悪そうにグラムを待っていた。
「あ、あの…」
グレンが、申し訳なさそうに口ごもる。
「ずっと、そこにいたのか?」
「はい…」
「そうか」
「あの…大佐…?」
「なんだ?」
「エステルは…ずっと大佐の事待ってました。少し寂しそうに…」
グラムはエステルの方に振り向いた。
グラムを、透き通った眼差しで見つめるエステル。
彼女は、グラムと目が合うと直ぐに、その視線をずらした。
「それがどうした?」
「それで…ですね…」
「何だ?」
いらついた口調のグラム。
グレンは思い切って、グラムに尋ねた。
「大佐はエステルの事どう思ってるんですか!?」
少し驚いた表情で、グレンを見下ろすグラム。
思わず聞き直す。
「エステルを…?」
「はい…」
「そうだな…」
彼はエステルの傍に歩み寄り、彼女の肩を軽く叩いた。
「私だけの、最高のパートナーだ…」
グラムはそう言ってハンガーへ戻って行った。
それを見送るグレンとエステル。
グレンは口惜しそうに、床を蹴った。
「もう…!何よ!それだけ!?ラブラブな展開を期待してたのに…」
「いいのよ…グレン。あれでいいの…」
「エステル…?」
彼女は微笑んだ。
満足げに。
そして、少し寂しそうに…
グレンは感じていた。
エステルの心の中に吹く、冷たい風が、暖かい風に変わるのを。
「私達も戻ろう!エステル」
「そうしましょう…」
グレンがエステルの腕を抱え込んだ。
「どうしたんですか…?」
「んふふふ…」
頬を赤らめるエステルに、グレンは肩を寄せた。
「エステルって、かわいいね!」
「はあ…」
溜息混じりの返事を返すエステル。
グレンは心の中で呟いた。
「(やっぱり、笑顔のエステルが一番!)」
彼女は満足げな笑顔で、エステルと共にハンガーへ戻っていった。
こんな、しあわせで楽しい時間がずっと続いて欲しいと思っていた…
皆が一緒に居れると、漠然と信じていた…
でも現実は、何度でも彼女達を裏切る。
保証の無い、不確かな口約束のように…
Captur 5
最後に彼は言った。
「希望はいいものだよ…ミラーズ君。…多分最高の物だ…」
「先ずは、関係各社の御協力に感謝申し上げる」
濃いオリーブドラフの軍服を着た軍人が、会議室に集まったグラム達にそう言ったのは、未だ朝霧晴れぬ早朝だった。
10m四方程の、小さな会議室。
その真ん中に置かれる長方形の机を挟み、グラムとミハエル、グレン達、一刃と菊十郎は向かい合って座っている。
「今日集まってもらったのは他でもない。我々選定委員会は、度重なる試験の結果、性能・操作性・コストパフォーマンス等を鑑み、我らサンヘドリン対ヴァリアンタス軍次期主力機体を、ジェネシック・インダストリー社製試作機[リセッツクロウ]に決定した。なお本日、2189年3月13日0700時をもって、次期主力機体選定トライアルを終了とする。ご苦労だった」
軍服の男が、部屋から出ていき、ドアの閉まる音が響く。
「やりましたね! 博士! 大佐!」
たまらず、グレンが椅子から立ち上がり、胸の前で小さくガッツポーズを取りながら嬉しそうに微笑むと、ミハエルは余裕のある表情でゆっくり息を吐いた。
「当然と言えば、当然の結果だがね。これも全てミラーズ君のお陰だ。これでやっと肩の荷が下ろせるよ」
「先生?」
ミハエルはグレンに微笑んだ。
作品名:VARIANTAS ACT12 英雄の条件 作家名:機動電介