VARIANTAS ACT12 英雄の条件
気付けば、『地獄の炎』と呼ばれる殺戮者になっていた…
敵には憎悪を込めてそう呼ばれ、味方には求めてもいない畏怖の念でそう呼ばれ、いつしか同胞にさえ『戦闘機械』と呼ばれるようになった…
それでも友はいた…
いや、友で居てくれた…
私には共に戦える同志がいた…
しかし私は、その同志達さえ…
愛する友人達さえ護れなかった…
それで何が“偉大な戦士”だ!
何が“英雄”だ!
組織と道具を変えても、同じ事だった…
何も変わっちゃいない…
何も…
「何を暗い顔しているのかね?ミラーズ君…」
唐突にかけられた声に、グラムは顔を上げた。
「博士…」
「…隣、良いかね?」
ミハエルはそう言って、グラムの横に座った。
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「大佐には、過去の記憶が無いの…」
隣に座るグレンにエステルはそう言った。
「え…?どうして!?」
思わず驚いた表情をみせるグレン。
エステルは彼女に、ゆっくりとした口調で話し始めた。
「大佐は過去に、戦闘で重傷を負い、今のCAMS…当時の緊急軍医療センターで再生治療を受け、その後戦線に復帰したと記録には残っているわ…大佐はその時に、記憶の大半を失ってしまっているの…自分が誰なのかも、どこから来たかも知らなかったみたいなの…でも時々、意味不明な記憶のフラッシュバックが起きて、彼の心に重圧をかけている…想像もできないでしょう?あの彼が、今にも崩れてしまいそうなほど不安げな表情をする様子なんて…」
「大佐が…そんな…」
「だから彼が一人になりたい時は、なるべくそうして、そっとしてあげてるの…」
「そうだったんだ…」
グレンは溜息をついてから、遠い目で天井を見上げた。
「いいなぁ…エステルは…大佐の事なんでも知ってて…私は大佐の事何も知らなかった…」
「それは…何年も一緒にいれば、知る事も多くなりますし…」
「ねぇ、エステル…」
「はい?」
「エステルは大佐の事、どう思っているの?」
「…どう言う意味ですか?」
「だから、男性として」
「男性…ですか…?」
「ほら、好きとか嫌いとか、かっこいいとか!」
「グレンは?」
「私?」
グレンは少し考えてから答えた。
「私は、大佐の事好きかな…」
「好き…?」
「強くて、かっこよくて…」
エステルは真顔で彼女に言った。
「それほど彼が好きなら、彼に抱かれてみては?」
思わず吹き出すグレン。
「ど、どうしたの!? 突然!?」
「彼なら拒まないと思いますが?」
「ちょ、ちょっと待って、エステル! そう言う意味じゃなくて…!」
「きっと優しくしてくれますよ?」
「もう、エステル! やめてよ! 私が言ってる“好き”は、そういう好きじゃなくて、私がエステルを好きなのと同じ“好き”! エッチしたいとか…そういうのじゃなくて…! あーもう私何言ってるんだろう!」
低い笑い声が聞こえた。
エステルの笑い声。
「エステルはどうなのよ!?」
グレンが、ふくれた顔をしながらエステルを見据えてそう問い質すと、彼女は真剣な表情でグレンを見つめ、呟いた。
「…私は…」
「私は?」
「よく…分かりません…」
思わず拍子抜けするグレン。
「じゃあ、しょうがないわね!」
グレンは椅子から立ち上がり、エステルの手を掴んで引っ張った。
「あ、あの…」
「こうなったら相手に聞くしかないわ!」
「ですから大佐は、一人になりたいと…」
「そんな時こそ、一緒に居るのが女の子の役目よ! エステル!」
「はあ…」
引いていかれるエステル。グレンは楽しそうな顔を、エステルは半分困った顔をしていた。
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「帰った時からずっと浮かない顔をしていたが、機体に何か問題でも?」
ミハエルはグラムにそう尋ねると、彼の顔を覗き込んだ。
グラムは答えた。
「いえ、機体は完璧です」
ミハエルは再びグラムに問う。
「では何が?」
「私自身の…」
落ち着き払った…と言うよりは、何かを諦め切ったかのような、そんな雰囲気を醸し出すグラムに、ミハエルは溜息をついてから、こう言った。
「私で良ければ、相談に乗るが?これでも君より長く生きている。何か力になれるだろう…」
グラムは答えた。
「博士…英雄とは何なのでしょうか…敵を多く殺した事がそうなのなら、それは今ではただの殺人者で、多くの人命を護った事がそうだと言うのなら、やはり私は、ただの殺人者です…」
「英雄…か…」
ミハエルは一瞬、遠い目で窓の外を眺めてから、こう答えた。
「私は常々思う。英雄とはそこに在る者ではなく、人の心に住む者だと…」
「人の心に…?」
「そう…それ故に、誰が英雄で、誰が凡人なのかは、誰にも解らない…」
「では何が人を英雄と呼ばせるのです…?」
「良いかね?ミラーズ君…“英雄”とは、ただの言葉だ」
「言葉…?」
「その証拠に、誰もが認める英雄など、有史以来一人もいなかった…あらゆる名誉を受けても、あらゆる名声を得ても、見る者の立場が変われば、その者に対する見方が変わるからだ…自分も含めてね。しかしだ、ミラーズ君…愛する者との一時の幸福があれば、二つの謗りは一つの名誉に勝ると、私は思う…命を賭けて、その愛する者を護れば、その者は愛する人の心の中ではまさしく英雄なのだ」
それに対し、グラムは答えた。
「では私はただの殺人者です…私は過去に、護るべき者を誰も護れなかった…」
「そうか…そう思うか。では君に昔話をしてあげよう…大戦が終わるずっと前の事だ…地球から発した戦線は、月を巻き込み、やがて火星へ達し、火星は戦火に包まれた…」
「第一次火星戦役…」
作品名:VARIANTAS ACT12 英雄の条件 作家名:機動電介