VARIANTAS ACT12 英雄の条件
空中に浮かんだまま機体を捻り、左足を蹴り上げた。蹴り飛ばされる水蘭。
一方グラムの操縦するリセッツクロウは、何も無かったかのように地面へ着地。
水蘭は、地面で受け身を取ってから、直ぐに立ち上がった。
「まだまだぁ!」
彼は深く踏み込んでから、リセッツクロウへ向かって、剣を突いた。
迫る剣先。
グラムは機体を素早く捻り、右手を剣の峯で真っ直ぐ滑らせ、水蘭の右手を掴んだ。
そして残る左手で、水蘭の肩口を掴み、脚を払って投げる。
放り上げられる水蘭。
グラムは、空中にいる水蘭を手刀で叩き落とした。
地面へたたき付けられる水蘭。
一刃は、ぐう…と低い声を上げ、意識を失った。
「水蘭、パイロットの意識レベル低下! もう無理です!」
オペレーターの一人が、菊十郎へ叫んだ。
「進退は…一刃自身が決める事…! 我々は最後まで見守るが役目!」
菊十郎はそう言って、杖を持つ手に、力を込めた。
水蘭を睨み付ける、リセッツクロウ。
「立て」
グラムは一刃に向かって、そう言い放った。
「パイロットは気を失っています。反応は望めないでしょう」
グラムは、エステルの声を無視した。
「十五代目が聞いて呆れる! それでどうやって家を…家族を守る! 立て! 闘いはまだ終わっていないぞ!」
「もうやめて!」
無線に、聞き慣れない声が響いた。
「もうやめて…お願い…!やめて!」
必死に懇願する、か細く、儚い声。
「お前は?」
グラムが問い質した。
「私は一刃様のイクサミコです…一刃様は…若様は気を失っておられます…ですから、もう…」
「春…雪…」
「若様!」
「春雪…」
「若様! もう十分です! 若様は十分闘いました…! もう…もう…」
言葉を詰まらせる春雪。
「…帰りましょう…若様…一緒に…春雪と一緒に…」
「止すんじゃ…春雪…」
「御祖父様…」
「春雪よ。お前が一刃の事を、心から慕っておるのはよく知っておる…だがな…春雪よ…彼の顔をよく見てみよ…」
春雪はモニターを通して、彼の顔を見た瞬間、背中に寒気が走るのを感じた。
「若…様…」
「笑っておるだろう…こんな状態でも、笑っておるだろう…?」
「なんで…若様…」
「一刃は…過去に大事な何かを落としてしまったまま、今まで生きてきた…誰かが、失った何かを補わなければならない…だから、春雪よ…もう少しだけ一刃と、一緒に居てくれんかのう…」
俯く春雪。
「ごめん、春雪…もう少しだけ、僕の我が儘に…付いて来てくれないかな…」
「若様…若様…若様ぁ…」
春雪は涙を拭った。
「春雪は…若様とずっと一緒です」
「ありがとう…春雪…」
一刃は機体を立ち上がらせた。
「(申し訳ありません…若様…春雪は、一瞬でも若様の事を怖いと感じてしまいました。でも…私は…あなたの事が大好きです…この先も、これからもずっと一緒に居たい…それは私が誰かに、『そうしろ』と言われたからでなく、私がイクサミコだからでもなく…私が“そうしたいから、そうする”のです…だって私の英雄は…あなただけだから…)」
春雪は心の中でそう呟き、大きく息を吸った。
「機体セルフチェック、開始します」
「ありがとう…春雪」
グラムは、リセッツクロウの足元に落ちていた、水蘭の模擬刀を蹴り上げ、手で取った。
彼はグラムに言う。
「迂闊でした。ミラーズ大佐。『機甲体術』には、あらゆる武術流派の動きが取り入れられている。勿論、我が流派も…どうりで、動きが見切られる訳だ…」
「機体チェックは終わったか?」
春雪が頷く。
「ええ」
グラムは一刃に、模擬刀を差し出した。
「もう一度、始めからだ」
それを受け取る一刃。
彼は、リセッツクロウから三歩離れる。
「もう、小細工は効かない…あなたが、こちらの動きを知っているなら、あなたが知らない動きをするまで!」
彼は姿勢を低くしてから、剣を腰溜めに構えた。
「あの構えは!」
菊十郎は声を上げた。
「殺気、豪気を捨て去り、心身の完全なる脱力の果てに放つ、電光石火の剣!即ち…」
「菊地一刃流奥義一ノ太刀…」
一刃と、菊十郎の声が重なる。
「「無形…!」」
次の瞬間、一刃はグラムに切り掛かる。
一歩も動かないリセッツクロウ。
そして交差する二機。
二機の間に再び、静寂が訪れる。
不気味な程の静寂。
風が、二機の間を吹き抜けた。
「お見事でした…! ミラーズ大佐」
振り返る水蘭。
「あなたは、僕が剣を振り抜く刹那の間に、腕一本で、剣を弾き、胸と腹に一発ずつ突きを入れていた。これが実戦なら、僕は確実に死んでいました。僕の完敗です…」
彼はそう言うと、機体の頭を下げた。
「私が一撃で倒せなかった人間は…」
「え…?」
「お前で二人目だ」
機体の腕で、敬礼するグラム。
「良い闘いだった。礼を言う」
彼はそう言うと、無線を管制室に繋いだ。
「こちら試験機…試験終了。帰還する」
空へ飛び立って行くリセッツクロウ。
それを見送る一刃。
彼は、機体をゆっくり、労るように降着。
「…あの、若様…」
一刃は、ヘルメットを脱ぎ、コンソール上に内蔵されている小型カメラのレンズを手で覆う。
「若様…お顔が見えません…」
「ごめん…春雪…でも、約束したから…君と、約束したから…」
顔を見せない一刃。
春雪は、ゆっくり溜息をついてから、機体をスリープさせ、一刃と共に、回収のトラックを待った。
Captur 4
『あなたは偉大な戦士!人類の英雄!』
違う…
私は英雄なんかじゃない…
英雄なんかでは…
賑やかなハンガー。
最終試験を、勝利の下に終わらせる事ができた事を祝うささやかな祝勝会を、トライアルのクルー達が執り行っていた。
「あれ?大佐は?」
グレンはエステルにそう尋ねた。
リセッツクロウの、グラム達の勝利を祝う祝勝会なのに、主役がいなかったからだ。
一人、小さな椅子に座り、寂しそうに佇むエステル。
彼女はグレンに答える。
「大佐なら、一人になりたいと言って、喫煙所にいきましたよ…」
「もう…大佐が主役なのに…」
不満げに唇を尖らすグレン。
彼女は両手にグラスを持っていた。
「そういえば、先生もいないけど?」
「博士もどこかへ行かれましたよ」
グレンは大きく溜息。
「もう…主役が二人もいないなんて…!私、大佐の事、呼んでくるね」
「待って! いいの…グレン…」
「でも、レディほったらかして…」
「大佐は戦いの後、時々一人で物思いに耽るの…何か思い詰めたような表情で…だから、グレン…そっとさせてあげて…」
グレンの瞳を見つめるエステル。
「う、うん…」
グレンはただ導かれるように、ゆっくり頷いた。
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英雄…
英雄とはなんだ?
偉大な戦士とはなんだ?
大戦中は幾百幾千もの敵兵を殺してきた私が、『道具』と『組織』を変えただけで英雄…?
過去に、断片的な記憶と身体に染み付いた機甲体術のみを手に持ち、一人放り出された世界は、殺戮と破壊のみの戦場だった…
戦った…
必死に戦った…
戦って戦って…
作品名:VARIANTAS ACT12 英雄の条件 作家名:機動電介