VARIANTAS ACT12 英雄の条件
「ジェネッシック・インダストリー社製試作機、リセッツクロウです」
簡単に済まされる、春雪の解説。
彼は彼女に問う。
「相手方のパイロットの事は、何か聞いてる?」
答える彼女。
「いえ、聞いていません。相手方、我社共に、テストパイロットの情報は、非公開という事で合意しています」
彼は呟いた。
「話できたらなぁ…」
突然、リセッツクロウから、水蘭へ入電。
音声通信。
「はじめまして…と言うべきかな…?」
「お互い初対面なのに、お声のみとは、些か残念な気もしますが?」
「失礼は承知の上だ。声が若いな…十代か?」
「今年、19になったばかりです」
「なるほど…『手に職を』…と言うやつかな?」
「いえ…僕の場合は、ただの我が儘です」
「我が儘?」
「ええ…」
「我が儘でここまでは来れんぞ?」
「運がよかっただけです。それと、仲間が」
管制塔からの通信が、二人の会話に割り込む。
「両機、間もなく試験を開始する。20秒前…」
グラムが彼に言った。
「…では…」
気迫のこもった彼の声に、思わず息を飲む一刃。
「君のその運が、いつまで持つか…私が試してやろう!!」
始められた最終試験。
両機は直ぐさま、ドックファイトへ突入した。
戦闘開始信号発信からおよそ3ナノセカンド後、エステル及び春雪、機体通信回線を経由し、通常空間に於ける物理現実時間に換算して、約60ナノセカンド限定の超光速度双方向回線を接続。
超高圧縮プログラム言語を用いての高速思考会話、開始。
「こんにちは。『私』の『名前』は“エステル”。『あなた』の『名前』は?」
「こんにちは、“エステル”。『私』の『名前』は“春雪”」
「“春雪”、『あなた』の『目的』は?」
「『私』の『目的』は、彼を勝たせること。『あなた』は?」
「『私』の『目的』は、彼を支えること。“春雪”、『あなた』は彼の何?」
「『私』は彼の僕。『あなた』は?」
「『私』は彼の一部。共に生きる、彼の一部」
お互い、『手』を伸ばし、『身体』に触れあう。
『全身』を隈なく、隅々まで。
細部に至るまでを。
エステル及び春雪。双方の接続機体データを交換、リンク。
60ナノセカンド経過。
超高圧縮プログラム言語を用いての高速思考会話、解除。
戦闘開始。
Captur 3
水蘭の近接グリッドマップに表示される、リセッツクロウのカーソルが、急接近してくる。
近接警報。
グラムの乗るリセッツクロウは、水蘭の頭上を擦過して後ろに付いた。
戦いは既に始まっている。
ロックオン警告。
グラムはEPCのトリガーを引いた。
水蘭は即座に、加速しながら右ロール。
攻撃を回避。
衝撃波が機体を擦過する。
水蘭も、リセッツクロウも、その機動性は伊達じゃない。
水蘭は、その柔軟な旋回性能で、リセッツクロウの攻撃を回避する。
それを追撃するグラム。
両機は激しいドックファイトを展開。
機体から雲が尾を曳いた。
無線接続。
「いつまで逃げ回る気だ?少しは反撃したらどうなんだ?」
「意地悪な方だ。僕の機体に銃が装備されていない事を知っておきながら…」
コンソールに表示される、相手方の機体ステータス。
「銃が嫌いか?」
「ええ。大嫌いです」
水蘭の腿に装備されたマイクロミサイルポッドから、数発の弾頭が射出された。
弾ける弾頭。
そこからは、濃い煙幕が発せられた。
“水蘭”
ECMを発動。
サーモプロテクト。
ダミー射出。
“リセッツクロウ”
FCS、ロックオン不可。
「スモーク…それも撹乱材入り…目隠しのつもり…か…」
「ECCM、発動しますか?」
「いや…」
グラムは煙の中、その場に静止し、銃を降ろした。
「リセッツクロウ。動き止まりました」
「よし!」
模擬刀を抜く。
そして構え、リセッツクロウに切り掛かろうとしたその時、彼の背中に寒気が走った。
「リフレクター、出力最大で防御態勢!早く!」
水蘭の前面を覆うリフレクター。
次の瞬間、煙幕の中からEPCの重力衝撃波がほとばしり、リフレクター表面で爆ぜた。
華奢な声を上げる一刃。
衝撃波は立て続けに、2発目、3発目と水蘭に命中する。
「リフレクター基部、過負荷限界値です!」
度重なる攻撃に耐え兼ね、リフレクターの基部が砕けた。
落下する水蘭。
「こんな事…出来るのはあの人しかいない…あの人しか…!」
彼は、脚部メインスラスターで機体を減速し、地面に着地した。
「ダメージチェック!」
「了解!」
セルフチェック完了。
「機体本体に目立った損傷は無し。ただリフレクターを失いました」
「戦闘に支障は無いね?」
「はい…ですが、空間機動力は本来の53%以下です」
「大丈夫…十分だよ」
彼はそう言うと、機体をゆっくり直立させた。
空から降り立つリセッツクロウ。
グラムは再び、水蘭と通信した。
「EPCの直撃を受けてもまだ立つとは…『便利』な物を持っているな…」
「噂と違って意地悪な人だ…ミラーズ大佐!」
「噂…?」
「あなたは有名人ですよ? 大戦での偉大な戦士! 人類の英雄!」
グラムは皮肉を含んだ笑いをした。
「…ふ…戦いで人は偉くならん」
「でも、強くはしてくれます」
「強く…か…」
グラムは、EPCを手放した。
「そういえば名前を聞いていなかったな」
「一刃…菊地一刃」
「流派は?」
「え?」
「剣を持っている以上、剣術使いなんだろう?」
「流派は…」
一刃は答えた。
「本家菊地一刀流。あなたは?」
「機甲体術」
「『機甲体術』!究極の機動兵器格闘術…!」
「やるからには手加減せんぞ?」
「それでこそ名誉です!」
一刃は剣を抜き、上段に構えた。
「では…」
腕を構える、グラムのリセッツクロウ。
「始めるとしよう…」
二機の間に、静寂がこだまする。
一刃は大きく息を吸った。機甲体術といえば、大戦中に発達した究極の機動装甲用格闘術だ。
体術熟練者なら、最低でも一人で二個小隊に匹敵する戦闘能力を持つと言われ、事実、完全武装したHMA一個中隊が、一人の体術熟練者の操縦する一機のHMAに殲滅されたという記録が、過去に残されている。
彼が、あの腕を一振りさせれば、その瞬間、こちらが無事でいる保証は無い。
だが彼は、先程から微動だにしていなかった。
それどころか、殺気一つ無い。
まるで、水の様だった。
一刃は心の中で呟いた。
「(岩を穿つは大水に非ず…ただ一点を打つ、水滴なり…か…)」
大きく深呼吸。
「本家菊地一刃流十五代目菊地一刃…参る!」
一刃はリセッツクロウへ切り掛かった。
リセッツクロウへ迫る剣。
グラムは、左手で剣を弾き、右手で裏拳を打った。
水蘭は、上体を反らして回避。
次の瞬間、リセッツクロウの右回し蹴りが水蘭の頭部へ迫った。
即座に姿勢を低くして蹴りを回避する水蘭。
水蘭はリセッツクロウの軸脚を払った。
体勢を崩され、宙をまうリセッツクロウ。
グラムは咄嗟に、脚部スラスターと肩に内蔵されたスラスターを駆使して、体勢を確保。
作品名:VARIANTAS ACT12 英雄の条件 作家名:機動電介