VARIANTAS ACT11 花と鴉
官制室から出ていくグレンを見て、ロイは短く笑った。
「行くぞ、エヴァ…我々は社に戻るとしよう…」
ロイが彼の補佐役である女性社員にそう言うと、彼女は首を傾げた。
「試験を最後までご覧にならないのですか?」
彼は答えた。
「トライアルの結果を待つまでも無い…我が社の製品は必ず採用される。それに…近い内、本物の実戦データを取る事が出来るだろう」
「本物の実戦データ?」
「もうじきここに、我々のもう一つの作品が現れる…」
「…まさか!」
彼女は目を丸くした。
一瞬微笑むロイ。
そうしてから彼は、慌ただしく技術者達に指示を出しているミハエルに近付いた。
「それでは博士…健闘を祈っております」
無言のミハエル。
ロイは一瞬不敵な笑顔を見せてから、官制室のドアを開けた。
「マッケンジー君」
ロイを呼び止めるミハエル。
「私は過去の行いを…」
言葉を濁すミハエル。
「いや…何でもない…」
彼はニヤリッと微笑んでから部屋を出て行った。
後に従うエヴァ。
ドアが閉まると、ミハエルは扉を見つめて、大きく溜息をついた。
Captur 4
[駐屯基地第6演習場、1000時]
灰色の雲が流れる空の下、黄土色の地面が広がる荒野に、“それ”は静かに立っていた。
「これより、試‐零叭ノ二式“水蘭”の稼働試験を行う。試験は実弾を用いた強襲戦形式。使用弾種は76mmAP弾。敵機は模擬弾を使用。被弾時、致命的ダメージと判定された場合、機体を強制停止。演習終了とします。ご質問は?」
「大丈夫…」
耳に装着されたインカムから聞こえてくる技術者の声に、彼は落ち着いた様子で答え、ゆっくり息を吐いた。
「“実弾演習”か…銃は嫌いだ…弾は無くなるし、野蛮だし…それに…」
操縦桿を強くにぎりしめながら、ぽつりと呟く。
サブシステムで、FCSコンソールを確認。
レールマシンガンと大腿部マイクロミサイル。
火器官制を通さぬ武器は、腰に携えた、この“刀”だけ。
黒い鞘に納められた長刃。超高純度メタニウム製超振動刀剣、名刀“九十九菊”。
彼は機体の左手でその刀の柄を握り締めた。
「…何か、おっしゃいましたか?」
彼の小さな囁きを、不明瞭な形で聞き取った春雪は、彼にそう聞いて首を傾げた。
「ん…いや、なんでもないよ…」
春雪にうやむやな答えを返す一刃。
春雪は一つ間を開けてから弱い調子で、呟くように言った。
「今日の若様…何か変です…」
「…?」
彼の“心”をモニターしている筈の春雪が、わざわざ彼に向かってそう言ったのは、朝から余り彼と言葉を交わしていなかったからだと思う。
彼女にとって“彼”は、掛け替えの無い存在で、彼にとって“彼女”は最良のパートナーだと、お互い思っている。
だからこそ機械を通してではなく、言葉で“話して”欲しい。
春雪はそう考えた。
心理モニターをカット。
ウインドウによる画像と音声通信のみ。
「若様…」
「どうしたの?春雪…」
演習場に静かな様子で佇む水蘭の胎内で、彼女は静かに言った。
「私が若様にお仕えして二年以上…私はもう時代遅れの旧式となっています…それでも私は…若様のイクサミコである限り、全力を尽くして若様にお仕えしております…それでも、もし…私が若様のご要望にお応えしていないなら、私はいつでもソフトの書き換えに応じる用意はできています…」
彼女は俯いて肩を震わせながらそう言うと、感情を押し殺す様に奥歯を噛んだ。
「そんな悲しいこと言わないでよ…春雪…」
悲しげな様子の一刃。
「書き換えなんかしたら、今の君が消えてしまうじゃないか!…ダメなんだ…君じゃなきゃダメなんだ…!今の僕が、最後まで頼りにできるのは九十九菊と…君だけだよ。春雪…」
彼は優しく微笑んだ。
「若様…」
彼女はきゅっと肩をすぼめ、頬を赤くした。
彼は言った。
「ねえ…春雪…僕って我が儘なのかなぁ…」
「え…?」
急な問いに、彼女は思わず首を傾げた。
「銃が嫌いってだけで、銃を使わなくって…そのせいで、みんなに迷惑をかけてる気がする…」
「そんな…!若様が銃をお嫌いなのは、それなりの理由がお有りですし…それに…私は…剣を振るう若様の方が…すっ、す…き…です…し…」
彼女の声が段々と小さくなり、顔がさらに赤くなる。そんな彼女を尻目に、彼は曇った表情で弱々しく、呟くように言った。
「でもそんな勝手な我が儘のせいで、トライアルに負けたら、僕は…」
「若様…」
「案ずるな…一刃よ!」
突然無線に、温かくも力強い声が響いた。
「御祖父様…!」
「一刃よ…トライアルなど負けても良い!」
「御祖父様、何をおっしゃるのです!?」
思わず声を上げる一刃。
老人は、非常に落ち着いた様子で彼に言った。
「これは我々の挑戦でもあり、お前の戦いでもある…我々は満足のゆく機体を創り上げた…後はお前次第だ…」
「御祖父様…」
「しかし! 戦うからには、この“戦”に必ず勝て! 男として! 戦士として! 幸い敵は無人機…しかも奴らの製品…手加減は要らん! 思う存分、お前の戦い方を見せてやれ!」
「はい!」
もはや彼の目には、一点の曇りも無かった。
「各ユニット配置完了」
「水蘭との情報回線接続、異常無し」
「一刃様、準備はよろしいですか?」
彼は専用ヘルメットを両手で持ち、目をつぶった。
意識を集中させ、精神を高める。
「こちら水蘭。準備よし」
ヘルメットを被り、システム接続。
目の前に、水蘭の視界が広がる。
グラビティーリフレクター稼動開始。
機体は、音も無くゆっくりと地から離れた。
「戦闘開始3秒前…」
カウントダウン開始。
彼は、レールマシンガンのストックに収納された単分子ナイフを抜き、逆手に持った。
「…2…」
そしてレールマシンガンを足元に捨て、腰に携えた九十九菊を抜いた。
「…1…」
「行こう!春雪!」
「はい!」
「…0!」
メインスラスター噴射。
水蘭は、左手に大型の単分子ナイフを、そして右手に九十九菊を持ち敵陣の中に切り込んで行った。
「水蘭、敵陣へ向け高速接近!」
腰を落とし、九十九菊を低く構える。
一刃の目前で、地面の起伏が川の流れの様に過ぎていった。
前方に、敵性反応。
「敵機捕捉!数、6!」
「行くよ!」
敵機をロック。
更に接近。
前方で火点。
グラム達の時と同じ155mm砲。
「敵機、発砲」
彼は、短く息をはき、機体を素早く機動させる。
敵弾回避。
「水蘭、交戦開始!」
次々に着弾する模擬弾を、彼は鋭角の軌道で次々に回避する。
ナイフの様に、鋭く。
踊る様に、滑らかに。
今まで見たこと無いほどの機動性を発揮する水蘭。
「水蘭、全弾回避! は、速い!」
官制室内がにわかにどよめいた。
“グラビティーリフレクター”は、独立した巨大なリフトパワーと多少の推力を備える新機構だ。
水蘭の類い稀な機動性は、これに起因するのだ。
技術者達に、彼の祖父、菊十郎は言った。
「あそこに居るのは、“一刃”では無い…!彼は今、全てを切り裂く一枚の刃になっておるのだ!」
作品名:VARIANTAS ACT11 花と鴉 作家名:機動電介