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VARIANTAS ACT11 花と鴉

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 彼女にそう言い残し、ミハエルは席を立った。




************




 意識の中に響く声。
『記憶の再生は完璧な筈だ』
 誰だ?
『失敗では?』
 何だ? 何を言っている?
『強制着床を行う』
 あああああああああああああああああああああああ…
 圧縮された膨大な情報が一気に開放される。
 脳に直接熱湯を注がれているような痛み。
 脊髄に電流を流されているような感覚。
 彼は目を見開いた。
 無言。
 思考にブランク。
 白いシーツ。
 目の前に横たわる肌色の物体。
 震えている?痙攣?
 そうか…自分の腕か…
 ぼやける視界の中、壁に掛けてある時計に目をやる。暗い部屋。
 真夜中の3時。
 彼は腕を動かした。
 腕に電流が走る。
 前腕に微かな圧迫跡…
 グラムは、眠気で重みを増した身体を力ずくで起こした。
 頭の中に、重りが入っている…
 深呼吸してから部屋を見回した。
 彼女の―
 エステルの姿は無い。
 彼はベッドから降り、洗面所へ向かった。
 微かな明かりの中、洗面台の明かりのスイッチを見つけ、点ける。
 鏡に自分の姿が映った。
 彼は自分の顔を見つめた。脂汗をかき、酷く顔色が悪い。
「…ちっ…」
 舌打ちするグラム。
 彼はシンクに水を溜め、顔を洗った。
 冷たい水が、汗を洗い流していく。
 一息つき、彼は台に手をついた。
 毛先とあごから水滴が落ち、シンクに溜まる水と一つになった。 
「また…あの夢を見たのね…」
 彼は顔を上げ、鏡を見た。
「暫く見ていなかったのに…ここに来てからずっとこんな調子だ…」
「…薬…持ってきてあげたわ…」
 エステルは洗面台の上にピルケースを置いた。
「…この薬を処方したのは、エビング博士…?」
「…ああ」
「この傷痕も…?」
 彼の背中には、幾つかの爪で引っ掻いた傷痕があった。
 彼女はグラムの背中に寄り添い、少し背伸びをして、その爪痕に唇を沿わせる。
 エステルの小さな舌先が、背中の傷痕を優しく撫でた。
「…エステル」
 彼女は動きを止めた。
「…この戦争が終わったら、俺達はどう生きて行けばいい…?」
 彼女は答えた。
「…わからない…私はただ、今を生きるだけ…今生きている事を感じる為に、貴方とこうしているの…」
 肌に寄り添うエステル。
 彼女がベッドの枕元に置いたミネラルウォーターのペットボトルは、時折差し込む月明かりの光を受けてきらりと光った。





Captur 3

「ふぁ~…」
 ビンセントは大きなあくびをついた。
 宿直室の硬いベッド上、寝ぼけ眼で腕時計を見る。
 朝の6時。
 目を擦り、ベッドから降りる。
 通路を挟んだ向こう側にも、もう一つベッド。
 レイズが眠っている。
「おい、レイズ…起きろや」
「うーん…」
 目を覚まさぬレイズ。
「おい!」
「待てよぅ…サラ~」
 のんきに寝言をかますレイズ。
 ビンセントは一瞬顔を引き攣らせたが、すぐにニヤリッと笑った。
 喉を押さえ、二、三回咳ばらい。
 そしてレイズの耳元で囁いた。
「ねぇ…レイズぅ…起・き・て…」
 サラに瓜二つの声。
 速攻で飛び起きるレイズ。ビンセントは腹を抱えて爆笑した。
「うひゃひゃひゃひゃ!」
「うぇ?あ?え?ビンセントさん?」
「どうよ?一気に目ェ覚めただろ?」
「勘弁して下さいよ…」
「じゃあ、はよう起きろや…今頃グラムとエステルちゃんは楽しくデートだぜ?」
 ビンセントは窓を開け、外の空気を吸った。
「俺、あっちの方がよかったなぁ…」




************




[駐屯基地内 第4演習場 0700時]

 いつからここに居るのだろう…
 気付けばいつも、ここに居る。
 きっと、時間的概念など通り越して、ちょっとした癖や呼吸と同じ感覚なのだろう。
 目の前に広がる天周モニターとコンソールスクリーン、計器の群。
 身体を包む、大袈裟なほど重装備のパイロットスーツ。
 すっ、と短く息を吸う。
 いつもと同じ。
 いつもと?
 実戦と…
「大佐…」
 エステルの声。
「起きていますか…?」
「…なぜだ?」
 訳を聞き返す。
「脳波が睡眠状態と同じでした」
 睡眠?
 そうか…
 今までのは夢か…
 じゃあ、今が現実?
 全て夢?全て現実?
 外の音は何も聞こえない。
 HMAのコクピットにいて、分厚いパイロットスーツとヘルメットを着用していれば尚更。
「こちら官制室。試験機、聞こえるか?」
 無線を通じ、第三者の声。意識が引き戻される。
 やはり“現実”か…
「こちら試験機…感度良好…」
「これより無人機との実弾演習を行う。準備は良いか」
 身体が生気を取り戻し、熱くなる。
 “彼女”と、身体を重ねている時と似た感覚。
 そう言う事か…
 生きている事を感じるとは…
「準備よし…」
 機体のシステムをアクティブに。
 低い唸り声が、シートから骨を伝って鼓膜へ。
 目の前にホログラフ。
 スタンティクシムシステム。
「当機は地上部隊を制圧し、直ちに離陸。空対空戦闘を展開。空中部隊を殲滅した後、着地域の部隊を排除。着地完了後、戦闘終了とします。こちらの外部兵装、および内蔵火器の全ては実戦と同様です。敵機の使用する火器は全て模擬弾、ミサイルは徹甲体を外し、炸薬を減らしてあります。なお、敵勢力の詳しい情報は通知されていません」
 エステルの落ち着いた声。
「了解した」
 彼もいつも通り、冷静に、淡々と。
「戦闘開始三秒前、2…1…0!」
「リセッツクロウ…出撃る!」
 脚部スラスターを噴射。
 ホバー走行。
 砂埃を上げながら、猛スピードで地上部隊へ迫る。
 グリッドマップに反応。
 敵勢力下へ侵入。
「敵機捕捉。前方、距離2000…」
 遥か前方で火点。
「敵機発砲、着弾まで3…」
 瞬時に回避行動。
 機体のすぐ右を通る模擬弾。
「155mm…“パラディン”か…」
 的を外した模擬弾は後方に着弾。
 立て続けに迫る砲弾を、機体の機動力で回避する。
 巻き上がる砂煙。
 リセッツクロウの右手には、見たことの無い火器が装備されている。
 目標を火器視界に捕らえ、一番近い機体をロック。
 銃口を敵機へ向け、トリガー。
 EPCから発射された眼に見えぬ鉄槌は、地形ごと敵機を貫き、上半身を丸ごと消し飛ばし、更に後方の地面をえぐり取り、大きな溝を形作った。
「EPC…プレッシャーカノンの簡易量産型…オリジナルの数%の出力だが…充分だな…」
 グラムは攻撃を回避しつつ、トリガーを引き続けた。EPCから放たれる、地形を変える程の攻撃。
 敵は155mmライフルを連射した。
 立て続けに迫る模擬弾を、彼はいとも簡単に回避。
 容赦無く、攻撃を叩き込んだ。
「IFF消失、6!地上部隊全滅!」
「戦闘所用時間、40秒!」
 地上部隊を殲滅し、敵陣の中央を突破。
 地面を蹴り、背部スラスターを噴射。
 機体は地表を離れ、空へ。敵機は、上昇するリセッツクロウへミサイルを放った。
 ミサイル捕捉。
 モニターに映る無数のロックオンゲージ。
「上方からマイクロミサイル接近。数、30。赤外誘導です」
「スラスター全開…」