VARIANTAS ACT11 花と鴉
「余り遠くを見すぎるでない…かと言って、目先の事ばかりを考えるでない…一刃よ…扉を見るのではなく、中に何が有るかを考えよ。中で何をするかは、入ってから考えれば良い…」
「はい!!」
一刃は力強く頷いた。
「さぁ…水蘭と春雪が待っておる…自由に舞って来い!」
「行ってきます! 御祖父様!」
彼は元気良く格納庫へ走って行った。
Captur 2
「こちら3号機! 撃墜されました! 離脱します!」
数発の光条に捕われ“撃墜”されたレザーウルフが、編隊を離れた。
ビームの当たった箇所は塗装が燃え落ち、熱を帯びている。
「弱装とはいえ、なかなか効くな…」
グラムは、高速で機動する機体を易々と操作しながらそう呟いた。
「胸部ビームカノンは通常出力なら『ソルジャー』クラスの威力があります。並の機体なら一撃で撃破出来るでしょう」
エステルが呟きに反応する。
「ソルジャーと同等か…嫌な感じだ…」
一瞬、機体をロール。
攻撃を回避。
「目標、後方および左3度…来ます」
素早く機体を機動。
左ロールと左水平移動後、直ちに機体を降下。十字砲火を回避。
「くそ!速い…!」
「各機、目標は後方に発砲出来ない! 真後ろに集まり、プレッシャーを与えるぞ!」
レザーウルフ各機はグラムの操る[リセッツクロウ]の真後ろに集結した。
「目標全機、当機後方に集結」
「後ろを取る気か…」
グラムは、機体を地上に向かって急降下させる。
「追うぞ!」
リセッツクロウを追うレザーウルフ各機。
グラムは機体を地面スレスレで飛行。
「よし! このままたたき落としてやれ!」
レザーウルフ各機は、リセッツクロウに向かってライフルを連射。
模擬弾はリセッツクロウのすぐ後方に着弾し、砂埃を上げた。
次の瞬間、グラムはリセッツクロウを仰向けにさせる。
「なに!?」
機体は減速をせぬまま、脚部スラスターを噴射。脚が跳ね上げる。
その瞬間最減速。
機体は真っ逆さまのまま、編隊の間をすりぬける。
「回避…!」
すれ違う両機。
グラムはすれ違いざまに、ビームカノンを発砲。
残り三機のうち二機を“撃破”。
グラムは“撃破”したレザーウルフが手から離したライフルをキャッチ。
残るは一機。
隊長機のみ。
「クッ!」
隊長機は機体を減速させ、急いで振り返るが、奪われたライフルから発射された一発の模擬弾は隊長機のコクピットに命中した。
「くそ!!」
悔しそうに離脱するレザーウルフ。
「戦闘終了、敵映ゼロ。当機、レザーウルフを全機撃墜。当機に損傷なし。戦闘所要時間、4分20秒…お見事です」
戦闘結果をグラムに報告するエステル。
グラムは冷静な表情で言った。
「戦闘終了…帰還する」
************
サンヘドリン対ヴァリアンタス軍次期主力機体選定トライアル。
本部以外の軍駐屯地を持たないサンヘドリンが、中央軍の土地を借用して行われたこのトライアルは、『機体に多様性を持たせ、尚且つ低コストで高性能機を得る』と言う名目の下に行われた。
その為、有名大企業だけでなく、零細中小企業からも参加が相次ぎ、全12社、参加機数8機と言う大競争に発展した。
そして、その中には今まで“人型機動装甲”の開発製造に携わった事の無い企業も有った。
[キクチ金属工業]もその一つである。
キクチ金属工業…
『最後の職人集団』やら、『ラストサムライ(!)』やら、『加治屋の皆さん』と呼ばれるこの企業は、昔気質の超精密な職人芸と、古代から培った金属加工技術で一躍有名になった“町工場”である。
実を言うと、あの『メタニウム』を開発したのはこの企業である。
そして今ここに、一機の機動装甲がある。
“それ”は、最終チェックを済ませ、発進の時を待っていた。
「水蘭最終チェック終了」
「各機関、異常無し」
「お坊ちゃま…準備はよろしいですか?」
コクピットに、管制室からの通信が入った。
「こちら水蘭、準備良し…それと、僕を“お坊ちゃま”と呼ばないで…」
彼は深呼吸をした。
目の前に広がる視界。
ヘルメットのバイザーが彼の網膜を走査し、眼球に直接映し出す。
感覚的には、コクピットに居ながら直接外を見ているような感じだ。
視界の端に、小さなウインドウが開いた。
「若様…?」
彼のイクサミコ、“春雪”。
「ん…」
「心拍が上がっています。何か問題が…?」
彼を気遣う春雪。
「ううん…大丈夫…ちょっと興奮してるだけ。早く飛びたいんだ」
彼は、操縦桿と二つのベダルを動かした。
機体の肩に装着された“翼”が上下左右に動く。
彼はもう一度深呼吸してから、その時を待った。
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彼は機体を降下させ、スラスターでバランスを取りながら、地表をゆっくりと移動させた。
管制室から入電。
「試験機へ。現在の高度と速力を維持し、そのまま入庫せよ…」
前方に、ゲートを開いた格納庫が見える。
「こちら試験機…了解…」
グラムは誘導員の指示に従い、リセッツクロウを格納庫の中へ入庫。
スラスターを軽く逆噴射。
最減速。
ゆっくりと着地させる。
脚のダンパーが沈み込み、排気音と冷却システムの作動音が辺りに響いた。
「試験機、停止確認。整備班は作業を開始せよ」
格納庫の中にアナウンスが流れた途端、さっきで誰ひとり居なかった格納庫内が、ジェネシック社の技術者で溢れた。
コクピットからアンビリカルブリッジに降りるエステルとグラム。
グラムは、ヘルメットを取ってから頭を左右に振り、首を鳴らした。
「お疲れ様です…」
微笑むエステル。
「…うむ……」
彼は大きく息を吸ってから、格納庫のゲートの外に広がる空を見た。
その時彼は、一機の機動装甲が飛び立つのを見た。少し小柄な、“翼”のある機動装甲だった。
突然後ろから、彼を呼ぶグレンの声。
彼女は、ジェネシック社の制服の上に着た白衣をはためかせ、息を切らせながら駆け寄ってきた。
「ミラーズ大佐!おかえりなさいっ!」
グレンは笑顔で、彼にタオルとミネラルウォーターを渡した。
「エステルもお疲れ様!」
彼女は、グラムの後ろに立つエステルにも、タオルと水を手渡す。
「…どうも……」
怪訝な表情のエステル。
彼女は、渡されたタオルを小さく丸めて握りしめ、水の入ったペットボトルの処遇を迷いながら、困った表情をした。
重苦しい音を立てながら閉まり始める格納庫のゲート。
徐々に狭まる空を、グラムはじっと見ていた。
「大佐?」
「博士…今、飛んだ機体は何だ?」
「え?」
思わず聞き返すグレン。
「今の機体…離陸にスラスターを全く使っていたかった。今までそんな機体は聞いたことがない」
「えーっと…今の時間ですと…」
「“水蘭”だ」
思わぬ所から答えが飛び出した。
グレンが声に反応し、後ろに振り向く。
「先生!!」
作品名:VARIANTAS ACT11 花と鴉 作家名:機動電介