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VARIANTAS ACT11 花と鴉

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Captur 1

 何もない空間。
 光も音も無い、絡み付くような濃密な闇だけが、そこには在った。
「我々は待ち続けた…」
 “闇”の中に、一つの赤い光球が浮かんだ。
「賢人会結成から、はや6000年…時は充分かけた…」
 光球がもう一つ。
 光球は、声に合わせて小刻みに、まるで心臓の様に膨張と収縮を繰り返す。
「しかし、今は好機ではない…」
 いつの間にか幾つもの光球が、円を描いて回っている。
「我々の計画に『時を掛け過ぎる』と言う事はない…」
「さて…?」
「デウスが、『彼』と接触した…」
「それにあの娘とやら…」
「やはり“娘”を欲したか…」
「なにか問題でも?」
「あらゆる可能性と結果を考慮する必要が有る…我々に、イレギュラーは許されない」
「かの若造と、その謀は?」
「少しは推進剤になりそうだ…暴走すれば消去する」
 沈黙。
「では諸君…御名の下に…」
 光球は闇の中に消えた。




************




[西暦2189年3月10日、統合体中央軍陸軍第四機甲師団第七機動連隊駐屯基地(旧デスバレー)]
 空の下、一機の黒いHMAが駆け抜けた。
 それをモニター越しに見守る技術者達。
 彼等は“そのHMA”や随伴機から送信される情報を全てチェックしている。
「リセッツクロウ、各機関問題無し」
「マルバスエンジン、臨界維持」
「グラビティ・ドライバー、出力安定…」
「目標現在速度、時速1050kmを突破…間もなく空力限界速度です」
 映像モニターにノイズが走る。
「チェイサー各機、オプティカルセンサーの故障か?画像が酷いぞ?」
「こちらチェイサー01、試験機に追従出来ない。カメラがデジタルズームでフレーム落ちする」
 黒いHMAの遥か後方を、三機のEー4が必死に後を追っている。黒い試験機は、背面に装備された二つのスラスターユニットを吹かし、更に加速。
 もはや追い付く事は出来ない。
「素晴らしい機体だ…流石は『HMAの父』と呼ばれるだけある…セルベトゥス博士…!」
 感嘆の声を挙げる技術者達の後ろ、豪華な皮張りのソファーに座る一人の男…ロイ=マッケンジーは、立ってモニターを見ている一人の老人にそう言った。
「機体性能だけではない…乗っているパイロットも、恐ろしい程に優秀だ…流石に…」
「…『英雄』と言われるだけある…」
 ニヤリと微笑むロイ。
 老人は彼に言った。
「あの機体は、儂と開発一課が生涯を賭けて作り上げた作品だ…他の機体には負けん!」
 博士の言葉通り、試験機は軽やかに空を舞っている。
「なるほど…素晴らしい機体だ…」
 グラムはこの機体のコクピットの中で感嘆の声をあげた。
 彼が何故この機体に?
 事の始まりは一週間前に遡る。



[一週間前、サンヘドリン本部司令官室]

 グラム、レイズ、ビンセントの三人は突然、司令官室に呼び出された。
 ガルスの前に立つ三人。
 ガルスは数枚の書類を取り出して言う。
「まず…グラム=ミラーズ大佐に二週間の出張を命じる」
 明らかに嫌な顔をしているグラム。
 ガルスはグラムを睨んだ。 
「ミラーズ大佐…面倒なのは分かるが、これにはちゃんとした理由が有る…」
 グラムは無言で溜息をついた。
「そこで、キングストン、ザナルティーの両名!」
「サー!」
「あー…」
「ミラーズ大佐が不在の間、両名には、24時間の警戒任務に入ってもらう!激務だが心して当たってくれたまえ!以上!質問は?」
 口を挟む余地を与えないガルス。
「有りません!」
 やる気満々のレイズ。
 一方ビンセントは…
「あー…俺、階級無いので、平時では指揮権ありませーん」
 どうにか逃れようとしていた。
「では、大尉に任命する」
 ガルスお得意の、『無茶な交渉』…。
「…俺、今痔に…」
 ガルスがビンセントをギロリと睨む。
「…すんません…」
 ビンセントは心の中で呟いた。
「(くそー…このオヤジ…やっぱり苦手だ!)」
 苦い表情のビンセント。
「では、二人は下がってよろしい!」
 敬礼してから出て行くビンセントとレイズ。
 二人が出ていってから暫く、ガルスがグラムに話し始めた。
「さて…5日後に、我が軍の次期主力機体トライアルが開始されるのは承知の通りだと思うが…」
「ええ」
「大佐にそのトライアルパイロットを頼みたい」
「トライアルパイロットに?」
「私もおかしくは思っている。しかしこれは、正式な書類を通して出されている」
「正式な…。それで、私はどこのパイロットに…?」
 ガルスはレイズの顔を見据えた。
「ジェネシック・インダストリーだ」
 グラムの表情が変わった。
 無言で、お互いの顔を見据える二人。
 重苦しい空気が流れる。
 大きな溜息をついてから、彼は首を縦に動かした。
「“任務”へ就きます」
「うむ…」
 グラムは靴を揃えて敬礼。
「なお今回、グレン=ヴェジエ博士も同行する」
「博士も?」
「彼女はジェネシック社から出向している身だ…召集がかかったらしいが…彼女は学生時代の恩師に再会するのを楽しみにしているらしい」
「恩師…」
「ミハエル=セルベトゥス博士だ」
 グラムは少し驚いた顔をした。
 セルベトゥス博士と言えば、HMA‐hシリーズを、たった一人で完成させたと言う天才だ。
 まさか彼女がそんな大偉人の教え子だったとは…。
 彼は、『通りで…』と心の中で呟いた。
「了解しました」
「…頼んだぞ。…グラム」
「全力を尽くします」
 そして一週間後の今日。


「クラウン管制塔へ…これよりジェネシック社製試作機との模擬戦に入る…」
 四機のレザーウルフが、編隊を組んで飛行。
 その手には火器が握られている。
「試験機、用意は良いか?」
「こちら試験機…準備良し…」
 グラムは試験機のコクピット内で大きく息を吸った。“HMA”に乗るのは久しぶりだ。
 火星での『あの時』以来か…
 彼は操縦桿をしっかりと持った。
「エステル…空対空中距離戦用意。胸部ビームカノン弱装。FCSエンゲージ…」
「了解」
 モニターに、火器の射撃視界が上書きされる。
 画面上を軽やかに動くクロスゲージ。
 照準は非常に細かく設定されている。
「1・2・3号機、戦闘用意!」
 四機のレザーウルフはグラムの乗る試験機へ向かって行った。




***************




 模擬戦を開始したグラム達。
 空を切り裂く雲の筋を、釘入る様に見る人の少年がいた。
 黒いショートヘアーに大きな瞳。
 初めて会った誰もが、少女だと勘違いするほどの美しい少年。
 彼は窓の淵に寄り掛かり、空中戦闘を繰り広げる5機のHMAをまじまじと見つめ続けた。
「一刃…そろそろ時間じゃぞ?」
 彼の後ろに、一人の老人が立った。
 杖をつき、紋付き袴と立派なあごひげで身を飾った、“いかにも”と言った老人だ。
「分かっています。御祖父様…彼等の機体を見てました…相変わらず凄い…」
「ふむ…」
 老人は髭を撫でながら、彼に歩み寄った。
「勝てるかどうか心配なのじゃな?」
「はい…」