VARIANTAS ACT10 砂の器
「恐くないだなんて大口叩いて……結局恐くて、弱くて…自分のやって来た事って何だったんだろうって思っちゃって…いろんな事我慢して、いろんな事諦めて、強くなろうと思っても、くるくるくるくる空回りばかりして…馬鹿みたい…。レイズ軍曹は強いなぁ…羨ましいくらい…私なんかを護りながら、あんなに戦えるなんて…私は本当に弱い…」
涙ぐむアシェル。
レイズは、すっ…と息を吸ってから、彼女に言った。
「僕が始めて実戦に出たとき…輸送機内で待機していた時は内心不安で…戦闘になっても、やっぱり恐くて…喚き散らして逃げ出したい位恐くて…」
彼女に語るレイズ。
「…でもその時、同期の友人の顔が思い浮かんで…その時気付いたんです。自分は一人じゃ無いんだって…仲間がいて、助けてくれる…誰かと一緒なら戦える…それからは、全然恐くなかった…」
「その一人は今…」
「その後すぐ、戦死しました…」
「そんな…」
「だからもう、仲間を失いたくない…誰かを護るためなら、恐くないんです。…中尉、あなたは強い…!弱くなんかありません!誰かの為に戦おうとする貴女は、とても強い!」
真剣な表情のレイズ。
傍観者の眼なんて無視。
突然、アシェルは涙を流して泣き出してしまった。
「えぇ!?あの、えっと…僕また何か…?」
慌てるレイズ。
「違う…違うんだ…軍曹……そんな事言ってくれたのは、貴方が初めて…」
「中尉…」
「貴方に会えて、本当に良かった…」
「泣かないで下さいよ~!中尉!」
流石に、周囲の目が痛い。
「レイズ=ザナルティー軍曹、アシェル=フランクリン中尉…第七シミュレーション室まで出頭してください」
突然のアナウンス。
「あ、中尉、呼び出し!」
レイズは内心助かったと思っていた。
「うん…」
トレーを片付け、シミュレーション室へ向かい二人。アシェルは、レイズの背中を見つめて、静かに微笑んだ。
************
「それでその後、お酒をかなり召されて、今も残っている…と…」
エステルは少し呆れた表情で、グラムを見つめた。
「…所謂…男の付き合いだ…」
グラムは、ばつが悪そうに目を逸らした。
「男の人ってダメね…」
「…うむ…」
認めるしかない…
「おいおい…飲みに行ったんなら、何で俺に声掛けねぇんだよ…!」
インカムを通じて、ビンセントが話し掛けて来た。
「いや…真面目な話だったからな…お前は抜きだ…」
「ひどっ!!」
くすっと笑うエステル。
その時、部屋のドアが開いた。
「レイズ=ザナルティー、アシェル=フランクリン両名、出頭しました!」
敬礼する二人。
「ご苦労…」
グラムは真剣な表情で二人を見た。
息を飲む二人。
「知っての通り、今日が研修の最終日だ。そこで、中尉には、最終訓練を受けてもらう!」
「最終訓練…ですか?」
不安げなアシェル。
「このシミュレーションを使って、ビンセント=キングストンと戦ってもらう!」
「こんちゃ!」
エキシビションにビンセントの顔が映し出された。
「彼と…?」
「そうだ」
アシェルとレイズは顔を見合わせた。
「(勝てると思う?)」
「(分かりません)」
お互い、表情で語る。
でも、答えは一つしかない。
「分かりました」
アシェルはグラムに敬礼。
シミュレーターに乗り込む。
イクサミコのシートには、エステルが座った。
「またよろしく…」
エステルに挨拶。
エステルは彼女に言った。
「何かいい事でも…?」
微笑むアシェル。
「…見つけたんだ…本当の強さを…!」
アシェルはシミュレーターを起動させた。
「ビンセント」
グラムはビンセントのシミュレーターにだけ通信を繋いだ。
「分かってるって…!」
ビンセントは軽快な返事を返した。
彼女はコンソールを確認。
下肢部オートバランサー感度最大。
FCS、システムから分離。
「格闘戦?」
「そう。殴り合い」
「女だからって言って、手を抜いたりするなよ?」
「御託を並べてないでかかってきな」
ビンセントは機体の腕で、挑発的な動きをして見せる。
アシェルを見守るレイズ。
“アシェル”は“ビンセント”に殴り掛かった。
ビンセントは、彼女の拳を軽く受け流し、懐へ。
一瞬の出来事。
アシェルのHMAは地面に倒れた。
現実ならば、コクピットを叩き潰されている所だ。
「もう一度!」
シミュレーションをリセット。
何度も打ちかかる。
その度に、打ち倒される。
何度も殴り倒され、何度も投げ飛ばされる。
だがその度に、彼女は何度でもリセットボタンを押した。
「中尉…」
彼女のそんな姿を見てレイズは、ついに我慢ができなくなった。
「大佐!インカム貸してください!」
「何をする気だ?」
「彼女を勝たせるんです!」
一方アシェルは、再びビンセントに打ちかかった。
迫る拳。
「中尉!身体をひねって!」
突然のレイズの声。
彼女は言われた通り、機体の腰をひねった。
空を切るビンセントの拳。
「左腕で抱え込んで!」
彼女はビンセントの右腕を捕まえた。
「ちっ!」
上半身を戻せないビンセントは、左脚をハイキックの体勢に。
「今です! 右手を相手の肩に当てて、一歩前に! 軸足を払って…」
ビンセントの機体が宙に浮いた。
「うお!?」
「…思いっ切り地面へ!」
地面に叩き付けられるビンセント機。
静まり返る室内。
「中尉…?」
「勝っちゃった…」
歓声を上げる二人。
「大佐! 勝ちましたよ! 彼女、ビンセントさんに勝ちましたよ!」
喜ぶレイズ。
「よくやった…レイズ…」
グラムはレイズの肩を叩いた。
「(今の動きは、『機操術』…。一体どこで覚えた?)」
グラムは心の中で呟いた。
突然、部屋のドアが開いた。
「レイズ!」
「サラ!?」
レイズに飛び付くサラ。
「夕べは待ってても帰って来ないから、心配したんですよ!?」
「ごめん、ごめん! 帰ってくるのかなり遅くなっちゃったから…」
「もう…! 私あの後一人で…」
その時、シミュレーターのハッチが開いた。
「軍曹! 貴方のおかげで勝て…た…ぞ…?」
一瞬固まるアシェル。
「…中尉?」
アシェルは笑顔で、レイズに言った。
「あ…いや…とにかく、軍曹! ありがとう!」
彼女は心の中でつぶやく。
「(そうか…彼にはもう…)」
その様子をビンセントはシミュレーターの影から見ていた。
「あ~あ…罪な男…」
「気づいていたのか?」
「彼女の目を見てればわかるよ」
「おまえ、わざと嫌な奴を演じていたな?」
ビンセントは一瞬不敵な笑みを見せてから答えた。
「しらねぇな」
レイズとアシェルの二人を見守るグラムとビンセント。
「…に、しても…レイズは本当に鈍感な奴だな…」
グラムはレイズを見て、そう呟いた。
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翌日、グラムは司令官室にいた。
「この研修…本当はただの“研修”ではなかったのでしょう?」
ガルスの顔を見据えるグラム。
「本当は、管理官の適合試験も兼ねていた…そうでしょう?」
ガルスは窓の外を眺めた。
「気付いていたか…」
作品名:VARIANTAS ACT10 砂の器 作家名:機動電介