小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

VARIANTAS ACT10 砂の器

INDEX|6ページ/8ページ|

次のページ前のページ
 

「はい?」
「私だ…ミラーズだ」
「大佐!?」
レイズの声が裏返った。
「御用件は…」
「飲みに行こう」
「え?」
「酒、飲みに行こう」





Captur 5

 一人でいる事なんて慣れている。
 今までもそうだったし、これからもそうだ…
 なのに…
 どうしてこんなに胸が苦しいんだろう…
 『彼』の事を思うと、心の奥が熱くなって…
 でも…駄目だって分かってる…
 そんなんじゃ強くなれないって…
 強くなるには、いろんな事我慢して、何でも頑張らなきゃ…
 我慢して…
 我慢して…

 でも…その度に…胸が痛い…




************




 シティーの北側に、『エリコの壁』と呼ばれる古い隔壁がある。
 高さ1500mのその壁は、このドーム都市が建造された一番最初の時期、つまり『第一期造成』時に造られた、この都市で一番古いメガストラクチャーだ。
 その壁の足元に、他の建物に隠れる様に建つ、古い三階建てのビルがある。
 ビルの一階の外に、『BAR』とだけ書かれた小さなネオンサイン。
 落ち着いた雰囲気の、渋い洒落た店だ。
「ストレガ一つ…クーラーで」
「…じゃあ、同じ物を…」
「かしこまりました…」
 これまた落ち着いた雰囲気のバーテンが、手際よく酒をこしらえる。
「どうやら、邪魔をしてしまった様だな…」
「え?」
「部屋にサラを待たせているんだろう?」
「あ、いや…えーっと…あの、その…」
 慌てた様子で口ごもるレイズ。
「お待たせしました…」
 バーテンが、二人の前に置かれたコースターの上に、そっとグラスを置いた。
「えーっと…別に何かしていた訳では…」
「分かったから、飲め…」
「はい…」
 レイズはグラスを持った。グラスの中を満たす、鮮やかな色の液体。
 一口、グラスを傾ける。
 口に中に広がる複数のハーブが醸し出し爽やかな香り。
 そしてフルーツジュースの心地よい甘さが、彼の舌を喜ばせる。
 一息つくレイズ。
 彼は、心がすっと落ち着くのを感じた。
「男同士、お互い腹を割って話そう…」
 グラムは、グラスを置いた。
「調子はどうだ?」
「ええ…まぁ…」
 不確かな答えを返すレイズ。
「『ええ、まぁ』じゃ、わからん」
 彼は意を決したかのように、答えて言った。
「…正直、どうしたら良いか分からなくなってしまいました…僕は、彼女を死なせたくない…でもそう思っていても、上手く伝わらない…挙句の果てには傷つけるような事を言ってしまった…僕は、男として失格です…」
 肩を落とすレイズ。
 グラムは、一つ溜息をついてから、彼に話し始めた。
「昔、一人のどうしようもなくくだらない男がいてな、…しかし、その男には一人の女がいて、いつも二人で暮らしていた。だが、ある日、女は姿を消した。ほんの些細なすれ違い…男のほんの小さな一言…たったそれだけで、二人の人生は変わってしまった…」
「………」
「男女関係に限った事じゃない…些細な事でも、大きな問題になる事がある…『我々』のような仕事をしていれば尚更の事だ…お互いに、大きな蟠り(わだかまり)を残して別れれば、人生に大きなしこりが残る…」
「どうすれば…」
「レイズ…人間は、行動して後悔するより、行動せずに味わった後悔の方が大きい…」
「大佐…」
「行動しろ…レイズ…そして成せ…」
 グラムはそういうと、グラスの酒を飲み干した。
「それに…彼女は…」
「彼女…?」
「いや…なんでもない…」
 言葉を濁すグラム。
「とにかく、今日は飲もう…レイズ!」
「あの、大佐」
 静かな調子の声。
 とても落ち着いている、迷いの無い声。
「僕は、あなたの部下でよかった…」
 透き通った笑顔のレイズ。
 グラムはそれを見て少し微笑んだ。
「今日は、私のおごりだ!」
「太っ腹!」
 笑いながらグラスを傾ける二人。
 彼らは、そのまま酒を夜中まで飲み交わした。



************



 朝―。
 いつもは、目覚ましのアラームが鳴るより早く目を覚ます彼女が、その日はアラームで目を覚ました。
 正確には、起きようとした。
「…ん…」
 ベッドの上で身をよじりながら、アラームのボタンを指先で捜し出して押し、目を擦りながら、体を起こす。
「…はんんっ」
 背伸びをしてから、ベッドを降りる。
 いつも通りの朝だが、いつもと違う朝…
 彼女はカレンダーを見た。日付の升目が、×マークで潰してあって、今日の日付だけがぽっかりと空いている。
 今日が研修期間の最終日…彼女は、深く溜息をついてから洗面所に向かった。
 準備を調え、朝食を摂りに食堂へ。
 何故だろう…
 もの凄く、気が重い。
 動作の一つ一つが、今日という日を削り取っているような気がして…
 多分、今日が最後だからだと思う。

 食堂。
 偶然、レイズの姿を見つけた。
 彼女は咄嗟に、自分の姿を隠しす。
 思考に一瞬のブランク。
 思い直す。
「何やってるんだろう…私…」
 頭を抱えるアシェル。
 一方レイズも頭を抱えていた。

『行動しろ、そして成せ』
 列に列びながら、グラムの言葉を何度も反芻するレイズ。
 心に留め、呪文の様に繰り返す。
「今日が最後だもんなぁ…」
 自分で気付く。
 最近、独り言増えたか?
 疲れてるなぁ…多分。




************




 彼女はトレーを持ち、列にならんだ。
 なんか、食欲が無い。
 ヨーグルトのパックだけをトレーに乗せ、席を探す。空席は無い。
 また溜息。
 最近溜息増えた?
 心の中で呟く。
 無視。
 調度、二人組の男が席を立った。
 良かった。ツイてる。
 他の奴に席を取られないように、急いで座る。
 座ると、目の前に一人の男が座った。
 やっぱツイてない。
「あ…中尉…」
「レイズ軍曹…」
 ツイてないと言うか、なんと言うか…
 一瞬、目が合う。
 直ぐに視線をずらす。
「私、やっぱ部屋で…」
「中尉!」
 立ち上がろうとした彼女を、レイズは呼び止めた。
「あの…中尉…朝食くらい一緒にしません…?」
 微妙な表情のアシェルは再び席に座った。
 申し訳なさそうなレイズ。
 二人は無言のまま、食を進める。
「(行動するって…どうすればいいんだろ…)」
「(…今日が最後なのに…)」
 気まずい雰囲気の二人。
 無言の二人。
「(行動…!行動…!)」
 思考を巡らすレイズ。
「あの…」
「……」
「僕、中尉に謝らなきゃいけない事が…」
 レイズは彼女の顔を見た。
 ああ…またこの目だ…
 悲しい目。
 この世の一切合切を憂いでいるような、悲しい目。
「中尉?」
「私は軍曹に謝らなきゃいけない…偉そうな事言ったり…もしかすると、酷い事も言ったかも知れない…」
 彼女は一瞬の空白を置いてから、彼に言った。
「ごめんなさい…」
「あっ、いやっ! 謝らなきゃいけないのは、僕の方で…! あの時、中尉にあんな事を言ってしまって…」