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VARIANTAS ACT10 砂の器

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 レイズとビンセントは同じテーブルに座り、アシェルだけが、別のテーブルに座っている。
 一切目を合わせない二人に、ビンセントは苛立ちを感じるようになっていた。
「なぁレイズよう…」
「はい?」
「中尉と何かあったのか?」
 ぴたりと止まるレイズの手。
「別に何も…」
「ふーん…」
 ビンセントは横目でレイズを見ながらアシェルの元に行き、側に座った。
「レイズと何かあったの?」
「別に…」
 彼女の表情をうかがうビンセント。
 怒っているのではなく、非常に哀しい表情をしている事に、彼は気付いた。
 彼は、近くにあった灰皿を手元に引き、ポケットから煙草とジッポを取り出した。
「あんた、何で軍隊に入ったの?」
 アシェルの表情が更に悲しくなった。
「(あ、やべ…話題変えなきゃ…)」
 焦るビンセント。
「そういえば、みそ汁って…」
「強くなんて、なれなかった…強くなんか…」
「………」
 長い沈黙。
 ビンセントは溜息をついてから、煙草に火を点けた。
「一人だけじゃ無理だろうな…いや、誰だって一人じゃ無理だ。俺も、レイズも、グラムも…勿論あんたもだ…」
「………」
「…あんたこのままじゃ、一人ぼっちのままだよ?」
 ビンセントは灰皿に煙草を押し付け、席を立つ。
 アシェルはレイズを見た。
 暗い表情のレイズ。
 アシェルは、どうしたら良いか分からずに、逃げる様に席を立った。
 それからの彼女は、全くと言って良いほど、何も手が付かなかった。
 HMAの操作もままならないし、返事も心がどこへやら…
 アシェルと共にHMAへ乗っていたエステルの報告を受け、グラムはアシェルに、カウンセリングを受けるよう命じたのであった。




************




「またこの部屋に来るなんて、私、どうにかしている…」
 翌日、彼女は部屋のドアの前に立ち、溜息をついた。
 ドアをノックする。
「入って」
 返ってくるエレナの声。
「失礼します…」
 畏まった態度で部屋に入る。
「そんなに畏まらなくても良いのよ?じゃあここに座って」
 エレナはアシェルを、ベッドの端に座らせ、話し始めた。
「さて、グラムに言われて、貴方の心を診てやれって言われたんだけど…何があったのか、正直に話してごらんなさい」
「実は…」
 事の経緯を、ゆっくり語り始めたアシェル。
 自分から望んで実戦に出た事。
 何も出来ずに帰って来た事。
 そして、レイズに言われた事。
 一部始終を話した。
「なるほどね…ひどいのはレイズ君ね?彼がそんな事言ったから、あなたは落ち込んでいるんでしょ?」
「違います!彼は間違った事を言っていません!でも…」
「まぁ、この事に関しては、あなた達の問題だから、私はノータッチ。それより質問があるから…」
 彼女はいつもの書類を取り出し、質問を始める。
 形式通りの質問はすぐに終わったが、エレナは何も言わずに、そのまま質問をし続けた。
「じゃあ次ね? 今、生理中?」
「は、はい…」
「何日目?」
「三日目です…」
「きつい時期ね…よく頑張ってるじゃない…」
「まだ足りないんです…まだ…」
「じゃあ次…セックスの経験は?」
「…え?」
 表情を固めるアシェル。
 エレナはいつも通りの態度だ。
「バージン?」
 回答を迫るエレナ。
「は、はい…」
「そう…」
「あのそれが何か?」
「別に…形式上ね…」
 エレナはそういうと、一つの錠剤を手渡した。
「これ飲んで、今日はもう休みなさい…」
「はぁ…」
 部屋を出るアシェル。
 エレナはそれを見送ると、深刻な表情で、溜息をついた。
「まったく…いざと言う時にいつも駄目なんだから…男って…」




************




 翌日グラムは、エレナから直接提出された鑑定結果を読み返していた。
 デスクの椅子に座り、天井を見上げる。
 グラムは、さっきまでそこに居たエレナの言葉を思い起こした。

「異常はない…?」
「精神に異常はないわ。欝病でもないし、無気力症でもない…」
「じゃあ…?」
「彼女、あの歳でまだセックスした事無いんですって」
「は?」
「処女だって事」
 髪をくしゃくしゃとかき上げるグラム。
「そんな物、個人差があるだろうに…」
「ええ、そうね。でも彼女の場合、男の子と手を握った事も無いし、キスした事もないのよ?」
「………」
「彼女、頑張り過ぎよ。このままじゃ心が壊れちゃうわ…強くなりたいと思っても、それが遠ざかっていく…そりゃそうよ…『一人ぼっち』じゃ…」
 無言のままのグラムに、彼女は続けて言った。
「彼女多分、レイズ君の事が好きね…」
「なに?」
「彼女はどうして良いか分からずにいるのよ…自分の気持ちと、責務と、夢の間に挟まれて、叫びを上げているの…」
「どうすればいい?」
「そんな事分からないわ…貴方達『男性』が考えて…」
 エレナは最後にこう言った。
「女性はね…『砂の器』なの。ちょっとした事で簡単に割れてしまう、美しい陶器なのよ…」


 グラムは、思い立ったように椅子から立ち上がり、机の中から車のキーを取り出した。
「…だめな生き物だな…男ってのは」




************




「…レイズ…あの…入ってもいいですか?」
 サラは部屋のドアの前に立ち、彼に声をかけた。
 返事が無い。
 サラは彼の返事を待たぬまま部屋に入る。
 彼はサラの声を無視して、ベットの上に座り、膝を抱え黙って目をつぶっていた。
「レイズ…」
「………」
「レイズ…私…」
「ごめん、サラ…今は一人になりたいんだ…」
 サラを突き放す様に言うレイズ。
「私は…」
「…慰めにきたなんて言わないでくれよ?」
「私はただ…!」
「ただ…?なんだい?」
「…私達イクサミコは…人間に従う様に作られています…それで…もし…貴方が身体を求めるのなら…それで貴方が満たされるなら…私は…」
 顔を真っ赤にさせてそう言うサラ。
 その目には涙を蓄えていた。
「…違う…そうじゃない…そうじゃないんだ…サラ…」
 レイズは俯いたまま目を合わさずに言った。
「…僕はひどい人間だよ…自分が失敗したくないから、前線に出るなって言って…」
「レイズ…」
「…中尉に酷い事を言ってしまって…中尉だって落ち込んでいたのに…僕は…!」
 突然、サラが彼の首を抱いた。
「…わかっています…あなたがお友達をとても大事にする人だって事は、私が一番よく知っていますから…」
「サラ…」
「レイズ…あなたが以前、ご親友を亡くされて落ち込んでいた時、私は何もできませんでした…かける言葉も無く、できることもありませんでした。あなたはただ黙って、つらい思いを心の奥にしまい込もうとして、悲しい顔ばかりしていました…でも私はもう、苦しんでいるあなたを見たくありません…!だからもう、何もできずにいるのはいや…!私は私の全てで、あなたを幸せにしたい…だって私は、貴方の“イクサミコ”だから…私は…貴方の“サラ”だから…」
「僕の…?」
「そう…あなたの…」
 見つめ合う二人。
 ゆっくり顔が近付く。
 そして唇が重なる寸前、部屋のチャイムが鳴った。
「…ごめん…」
 サラを残し、インターホンに出る。