VARIANTAS ACT10 砂の器
ネクロフィリアが、剣を振り上げる。
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レイズは機体を塁から立ち上がらせ、前を眺めた。
遥か前方では、ディカイオスとリベカのネクロフィリアが発する閃光と爆炎が散っている。
そして自分のすぐ目の前では、ついさっきまで凄まじい戦闘が繰り広げられていた。
だが今は、静かそのものだ。
「ビンセントさん…あの…生きてます?」
おそるおそる無線を繋ぐレイズ。
「レイズ…」
心配そうなサラ。
「ビンセントさん!ビン…」
「うっさいなぁ!もう…!」
「ビンセントさん!」
「いやぁ~…一歩間違えばアレ物よ~!あれ?もしかして心配した?」
いつものビンセントの声だ。
「心配なんかしてませんよ!」
笑いながら話す二人。
その時、凄まじい衝突音がレイズ達に届いた。
「な、何だ?サラ!」
「分かりません!一体何が起きているのか…」
「決まったんだよ…勝負が…!」
ビンセントは、ディカイオスを含む遠くの空を眺めた。
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「うぐぁっ!」
呻くリベカ。
ネクロフィリアの腹部にめり込むディカイオスの右拳。
彼女が振り下ろした何本もの剣を見切ったディカイオスはネクロフィリアの懐に入り、右拳を打ち込んだのだ。
「もうギブアップか?」
「まだまだぁ!」
突然、リベカは二本の腕でディカイオスを取り押さえ、残った腕でディカイオスの胸に刃先を向ける。
迫る刃。
突然、ディカイオスの肩ユニットが分離し、二機の間を交差して通り過ぎた。
「!!」
次の瞬間、ユニットと機体との間を繋ぐ“重力糸”が強力な重力子刀となってネクロフィリアの腕を切断。切れ目が入り、するりと落ちる。
そして。
「撃て」
呟くグラム。
すると突然、ネクロフィリアの背中に、二本のビームが着弾した。
「な…に!?」
肩ユニットから発射された高出力ビームだ。
グラムはすかさず、右手掌底部に重力子を込めクロフィリアの腹部へ叩き込んだ。
「きゃあ!」
華奢な声を上げて、突き飛ばされるリベカ。
そしてグラムは、亜空間コンテナからプレッシャーカノンを取り出し、ネクロフィリアへ構えた。
「あれは…例の重力波砲!!まともに喰らえば、ひとたまりもない…!」
再生も追い付かず、成す術のないリベカ。
グラムはトリガーを引いた。
「ごめんなさい…お父様…リベカはお父様のお役に立てませんでした…」
発射される巨大な波動。
リベカは一粒の涙を流し、目をつぶった。
「目を開けなさい…リベカ…」
突然、彼女にとって最も慣れ親しんだ声が、彼女の頭の中に響いた。
「お父様…?」
彼女はゆっくり目を開けた。
彼女は驚いた。
ネクロフィリアは、湾曲空間に守られ、プレッシャーカノンの影響を全く受けていなかったのだ。
「なに!?」
グラムは愕然とした。
あのプレッシャーカノンが全く効いていなかったのだ。
「空間湾曲機構!」
「…ディカイオス…その辺にしておいてもらおう…」
グラムの頭の中にも、声が響いた。
「貴様がリベカの父親か…!」
声だけで、姿は無い。
「リベカがいつも世話になっている様だな…」
「まったく…教育方針が間違っているのでは?」
「ふ…リベカはじゃじゃ馬娘でね…これでも可愛い一人娘だ…」
「嫁の行き先には困りそうだな…!」
「今日は娘を連れ戻しに来たのだが…何だったら、君が貰うかね?」
『声』は笑っている。
笑っているが、威圧的な威厳に満ちた声だ。
「残念だが…私はおしとやかな女性が好みでね!」
「そうか…残念だったな、リベカ。…さぁ、帰るぞ!」
「お父様!いやです!私はまだ戦えます!」
「リベカ!!」
リベカの身体がびくっと動いた。
「今のお前では勝てん!」
「はい…」
しゅんとするリベカ。
「…いつかお前の首を貰うぞ…」
奥歯を噛み締めるグラム。
だが、デウスの声は彼をあざ笑っているように聞こえた。
「待っているぞ…兄弟よ…」
そのままゲートの中に入っていくリベカのネクロフィリア。
「機体の防御もままならないとは、まったく…帰ったらお仕置きだぞ!」
「いや~!お仕置きイヤぁぁ~!」
リベカの叫び声を残し、ゲートは静かに消えていった。
ひとつ大きな溜息をするグラム。
「大佐…?」
遠い目をするグラム。
「状況…終了…」
彼は舌を打ち、手の平を見た。
汗まみれの手の平。
荒野に立ち尽くすディカイオス。
後にはソルジャー達の残骸と、虚しい風だけが残った。
Captur 4
活気溢れる整備部。
彼らは、グラム達が帰還して直ぐに、機体の整備をはじめた。
普段は、さながら戦場の様な忙しさになる。
しかし、グラムの指揮する部隊、『シェーファーフント』は他とは違った。
機体の破損率が他の部隊と比べて、極端に低いのである。
今回、ただ一機を除いて…
「派手にやられたもんだねぇ…こりゃあ…」
術長はキャップのつばを持ち上げて呟いた。
彼の見る先には、腕のもげたレザーウルフ。
傷口には融解した跡がある。
ビームで撃たれた証拠だ。
「乗ってたのは?」
「えーっと…ああ、フランクリン中尉っすね」
「フランクリン?」
「中央軍のキャリアウーマンっす」
術長は溜息をついた。
「使えねぇ道具使うなよ…まったく…」
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その日は、いつもと違っていた。
普段、脱いで洗濯する服でさえも、きちんと畳むほど几帳面な彼女が、その着衣を乱雑に脱ぎ捨ててあるのだ。
廊下の端から、パイロットスーツ、インナースーツ、下着と言った具合にだ。
その先には、シャワールームがある。
アシェルは帰還して直ぐに、熱いシャワーを頭から浴びていた。
自然と思考が巡る。
――戦えた?死なんか恐れない?恐くなかったの?
こわい…
――恐かった?何で戦場に出たの?
わからない…
――護った?それとも護られた?
彼は…
――彼?
護ってくれた…でも…それは彼の仕事だから…
―彼は?
彼は?
記憶がリフレーンする。
何も出来ずに、世話だけかけて…
情けなく帰還して…
彼にまで…
彼にまで…
『だから無理だって言ったのに…』
彼女は、床に崩れ落ちる様に座り込んだ。
「ふえええぇ…」
声にならない我慢していた感情が、涙になって一気に溢れ出す。
ぼろぼろと落ちる涙。
それはお湯と一緒に足元へ流れ落ち、排水溝へ流れていった。
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最近、レイズの様子が変なんです。
返事も元気がないし、表情もうかないんです。
私が話しかけても、たまに無視するし…
もしかすると、私のことが嫌いになったのでしょうか…
(サラの日記より)
あの戦闘からしばらく経ち、研修期間も残す所半月となった。
他の部隊の研修は、大詰めを向かえ、仕上に入っている事だろう。
上辺だけ見れば、彼等もそうだ。
上辺だけは…
訓練の合間、レイズ達は食堂で昼食を摂っていた。
作品名:VARIANTAS ACT10 砂の器 作家名:機動電介