VARIANTAS ACT9 IronMaiden
「落ち着いて…中尉…」
エステルが声をかける。
「ありがと…エステル…」
ライフルを構える。
「目標、今!」
出される的。
彼女はレイズの言葉を何度も反芻。
そして発砲。
発射された砲弾は見事、的の真ん中を撃ち抜いた。
「やった!」
思わず声を上げるアシェル。
その後何発も撃ち、その全てが命中する。
「やりましたね! 中尉!」
「ああ! 軍曹のおかげだ!」
「けっ…甘っちょろいなぁ…二人とも…」
声を上げて喜ぶ二人を挑発するかの様にビンセントが言う。
「何ですか!? ビンセントさん!」
「実戦のヴァリアントは、あんなにとろかねぇぞ?」
レイズは小さな声で言った。
「一度しか戦った事無いくせに…」
「なんか言ったか?」
「い、いや何も…」
ロンギマヌスが左腕一本でライフルを構える。
「俺達の世界じゃ、撃ちゃ当たるは常識なんだよ!」
笑いながら言ったビンセントの言葉にアシェルが食いついた。
「なら手本でも見せてみろ! 傭兵!」
ニヤリと笑うビンセント。
「イオ、的のスピードを上げろ。とびっきりにな…」
「了解」
「よーし…よく見てろ。ルーキー」
ビンセントがトリガーに指をかける。
「目標、出せ」
物凄いスピードで出される的。
それに向かってビンセントはトリガーを引いた。
「おりゃあああああ!」
ライフルをフルオートで発砲。
連射される砲弾。
レールと的を隠す砂埃。
音を立てて地面に落ちる空薬莢。
あっと言う間の出来事だった。
「どうよ?」
ビンセントが機体の親指を立てる。
「そんだけ撃てば当たるに決まってるじゃないですか!」
苛立つレイズ。
しかし
「軍曹! あれを!」
アシェルの声を聞き、レイズは的に向かってズームした。
「なんだ? あれ…」
ライフルから放たれた砲弾は寸分の狂いもなく、的の真ん中だけを綺麗にくり抜かれていた。
「あの弾全部、的にだけ当て続けたのか!?」
「どうだ? レイズ。これが経験の差って奴だよ」
ビンセントは落ち着いた声で言った。
「あ~ぁ…つまんね…俺ぁふけるわ…」
そう言って、機体を格納庫に向かわせるビンセント。
それを、レイズは無言で見送る事しかできなかった。
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[サンヘドリン中央会議室]
「ここ数ヶ月間は何の異変もなく、平和がつづいている…」
「不気味なものですな…」
「そのおかげで支部建設も、ごく一部を除いて順調に進んでいる」
ガルスがグラムに言った。
「さて、貴官の方は順調かね?」
「順調です。何も問題ありません」
「管理官補は支部就任後、二階級昇進する…名実ともにエリートでなければ、いい笑い種となるからな…」
ガルスはグラムを、少し睨んだ。
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夜空の下に、何発もの銃声が響いた。
あれから、3時間…
彼女はずっと射撃訓練を続けていた。
「ねぇ、レイズ…」
サラが不安そうな顔で、レイズに言う。
「放っておいていいんですか…?」
「………」
無言のレイズ。
「レイズ…」
また銃声が響いた。
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「(負けない!負けないんだから!置いてけぼりは嫌!もう置いてかれるのはイヤ!!)」
アシェルは呪文のように、心の中で繰り返し言い続けた。
HMAの足元には無数の薬莢が散らばり、ライフルのマガジンが無造作に山積みされている。
アシェルは息を切らして、機体を操作し続けた。
「中尉…」
「ごめんなさいね…エステル…あなたにまで迷惑をかけてしまって…」
「迷惑だなんて…」
「私、強くならなきゃいけないから…強くなって戦わなきゃ…」
残った力で必死に機体を操作し、ライフルを撃つ彼女を見てエステルは心の中でつぶやく。
「(何で、そこまでするんですか?中尉…一体何が、あなたをそうさせるんですか?)」
数時間も前の事…
アシェルは、ビンセントに負けじと、彼と同じ設定で何度も試みたが、当てる所か、一発も掠らなかった。実際にレザーウルフに乗るのは今日が始めてで、本来そうなるのは当たり前だが、彼女は状況に甘んじる事はなかった。
訓練時間が終わっても、彼女はそうし続けた。
終える様に言ったレイズにも、当たるような形で追い払ってしまった。
彼女は、レイズにきつく当たってしまった事を少し悔やんだが、自分のやっている事を止めようとはしなかった。
やがて夜になり、ドームの気象システムは、雨を降らし始めた。
冷たい雨だった。
「あのまま放っておく気か? レイズ…」
レザーウルフを見つめるレイズに、グラムが言った。
「大佐…」
振り返るレイズ。
「噂通りだな…中尉は…」
「噂?」
「彼女は『鉄の乙女』と呼ばれていたそうだ…」
レイズは自信の無さそうな表情。
「中尉に『放っておいてくれ』って言われちゃいました…」
「それからどうした?」
「何も言えずに…そのまま…」
「彼女が心配か?」
グラムはレイズに言った。
「監査役としてですか?」
「そうだ」
「彼女は、僕みたいな出来損ないの教えなんて、必要としていませんよ…大佐みたいな立派な人じゃなきゃ…」
グラムは一つ溜息をついた。
「出来ないと思う人間に、私が頼むと思うか?」
「え…?」
「出来ると思ったから、任せたまでだ…それとも、私の見込み違いだったか?」
「大佐…」
グラムは一歩下がって向きを変え、レイズに背を向ける。
「なら、お前はなぜここに居る?」
「………」
答えられないレイズ。
「いいかレイズ…鉄も砕ける時がある…」
グラムはそう言い残し、去って行った。
「レイズ…あれ…」
サラが異変に気付いた。
さっきから銃声がしない。それどころか、機体に動き一つ無い。
突然、機体のコクピットハッチが開いた。
「サラ! 毛布用意しといて!」
「はい!」
レイズは雨の中、彼女の乗る機体に全速力で走り寄っていく。
顔を覗かせるエステル。
「レイズ軍曹!」
「エステルさん!」
ウインチでコクピットに上がる。
「やっぱり!」
疲労からか、コクピットの中で意識を失っているアシェル。
レイズは彼女の身体を抱き抱え、機体から降ろし、急いで医務室に連れて行った。
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「(やだよ…置いて行かないで…一緒に…)」
彼女が昨日、最後に見たのはHMAのコクピットの中で、次の日最初に見たのは、見知らぬ天井だった。
「(ここは…どこ…?)」
ベッドから身体を起こす。
「あれ?確かHMAに乗っていたはずなんだけど…」
彼女の結った髪は解かれ、服は緩い余裕のある物に変えられていた。
「あら? もう起きちゃったの?」
アシェルは声のする方を向いた。
そこには、食事のトレーを持った、エレナが立っていた。
「ここは?」
「ここは、医務室。私はここの軍医。何があったか知らないけど、今時過労だなんて…」
「私は確か、HMAに乗って射撃訓練をしていて…」
「そう…」
エレナは関心無さそうに、背を向けた。
「私はいつ頃ここに?」
「昨夜の8時半頃よ…レイズ君がね…」
「彼が?」
作品名:VARIANTAS ACT9 IronMaiden 作家名:機動電介