【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-
SCARLET C
黒、黒黒黒、黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒黒
死の色、死の黒、死体の黒、彼女の、黒
死、死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
「うっうううううううう、うううううううううううううううううううう」
死んだ、死んだ、目の前で人が死んだ
目の前で知り合いが、クラスメイトが、友達が、死んだ
「ううううううううううううううううううううううううううううううううう」
黒、死を司る色、ブラックアウトする視界、見開いた瞳孔は黒く、血はいずれ黒く変色し、死斑は黒く、腐ると黒ずむ。黒黒黒黒黒黒黒、死ぬと黒、黒は死ぬ、
「ううううう、ううううううううううう、ううううううううううううううううう」
殺した、僕が、彼女の色を変えた。
僕が一瞬でも、僕が死ぬくらいなら、死ねと、一瞬でもそう思ったから、彼女は死んだ。
認色の眼は魂の色が見えるだけではない、相手の魂の色を、黒くすることが出来る眼。見ただけで、思っただけで、人を殺すことが出来る、魔眼。
「——————殺人姫?何だよそれ、僕の方がよっぽど」
殺人者だ。
帰宅後、両親に何か聞かれそうになったが無視して部屋に閉じこもり続けた。鍵を閉めて誰にも入られなくした。布団で自身を覆い、踞ってベッドから離れなかった。誰も、誰の魂も見たくない。誰にも合いたくない。誰かを見たら、何が原因で殺してしまうかもわからない。この眼が怖い。勢いで眼を潰そうとしたが、ヒロさんに止められ、それからは眼を潰すのが怖くて、痛そうで出来なくなった。人一人殺したそのくせ、自分の眼も潰せない自分の度胸に嫌気と吐き気を催した。こんな眼、こんな眼、染崎さんを殺したこんな眼は…
染崎さんが死んだ、僕が殺した。成績も人当たりもよく、誰にでも優しく、誰にでも厳しく、誰を差別することもなく、誰を貶したりもせず、笑って怒って、普通の女子高生だった。彼女は殺人姫でありはしたが、それ以外は普通の、少なくとも学校での彼女は、本物なのだ。殺人姫だからといって、彼女成績が否定される訳でも、生徒会での実績が無になる訳でもない。彼女が殺人姫であるのは疑い用のない事実だが、学校での彼女もまた、嘘ではないのだ。
殺した、殺した。僕がこの眼で、殺した。染崎明日香が殺人姫であったショックよりも、彼女を殺してしまったショックの方が僕には重かった。
もう嫌だ、誰も殺したくない、誰とも会いたくない、誰も見たくない。何が発端で人を殺してしまうかわからない。怖い、人を殺してしまうのが怖い。気持ち悪い。外に出たくない、ここから動きたくない、布団を外したくない、眼を潰せないのならせめて何も見ない為に眼を覆う。誰も入れない、部屋には入れない警察も、親も、ばあちゃんも、見たくない見たくない見たくない見たくない。
「ううううううううううううううううううううううううううう」
嗚咽だけが響く部屋、電話に着信が何度も来るから電源を切った、電池を外した。煩わしい。空腹だ、何日食事をとっていないかわからない。構うものか、飢餓でこんな眼と一緒に死ねるなら、それれでいい。
死のう。
突如とんでもない音量の打撃音が響き、部屋の扉がぶっ飛んで僕の机に衝突し破損する音が聞こえた(机と扉、どっちが破損したかは判らない)。布団を被っているので音でしか様子が分からない。続いて足音が聞こえた。誰かが入ってくる。
「雪人、俺だ、弘人だ。」
鍵のかかった扉を無理矢理ぶち抜いてきたのは柏木弘人だった。警察なのに、こんなことして器物損壊で訴えられたらどうするつもりだ。
ヒロさんは布団越しに話しかけてきた。
「いい加減メシ食え、死ぬぞ。」
「死ぬよ…僕は染崎さんを殺したんだ、人一人殺してのうのうと生きる気はない…」
もう嫌だ、この眼で人を見て、大切な人を殺してしまうかもしれない。そんなのは、嫌だ。いっそ、僕が死ぬ…
「お前はそう言ってるがな、染崎明日香の死因はショック死だ。原因不明のな。誰も殺した形跡は見られなかった。」
「僕が、殺したんだっ…」
「どうやって。」
「言ったってわかるもんか…!」
魂を黒く塗りつぶしましたなんて言って誰が納得する?
「医学的にも彼女は誰からも殺されていないことは証明されているし、唯一殺したという人間も殺害方法を明かせない。じゃあやはり彼女は誰にも殺されてないんだよ。」
「違う、僕が、僕が」
「五月蝿い。」
布団が宙に浮き、視界が開けた。突然の光に眼が眩む。
ヒロさんが掛け布団を無理矢理持ち上げたのだ。ヒロさんはいつもの仏頂面で、彼の魂は何時もと同じく青く————
「うああああああああああああああああああああああああああ!」
手で眼を塞ぐ。枕で頭を覆う。嫌だ見たくない。見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない見たくない!
「雪人、よく聞け。」
無様に踞る僕にヒロさんは言った。
「お前がどうして染崎明日香を殺したと言っているのかわからないが、医学的に彼女は他殺でないと判断されたんだ。しかし監察医にも原因不明のショック死としか言えないくらいの不審死だったんだ。そしてお前が未知の薬物でも魔法でも、なんでもいい、お前がそれを言ってみせるなら、俺はそれを信じてもいいよ。」
「信じたら、僕は死刑になるのか?」
死にたい。
「否、なんにもならん。医学的に他殺を証明出来ない以上、彼女の扱いは事故死だ。お前が証明出来ない未知の殺し方を語っても、警察はお前を捕まえることは出来ない。」
「でもヒロさんは信じるんだろ?」
「ああ信じる。でも逮捕しない。」
なんで、なんで!?
「人殺しを見つけたら、捕えるのが警察の仕事だろっ…!」
「違うな、法に反したやつを見つけたら、そいつを捕えるのさ。」
「僕は、法的には何の罪もないってこと?」
何の励ましにもなってない気が…
「寧ろその言動は捜査の邪魔をしている、公務執行妨害で罪になるかもしれないぞ。」
そっちかい。
「つまり、何が言いたいんだよ。」
「閉じこもってねーで事情聴取に協力しろアホたれ。」
別にヒロさんは僕を励ましに来た訳ではなかった。仕事で来ただけだった。
「連続殺人鬼本人が死んだんだ。情報が少なすぎるのに勝手に死んじまいやがって、報告書を書くに書けない。染崎明日香と知り合いであり、死亡直前に会話したであろうお前の証言が必要なんだよ。どうやって彼女だと特定したのか、どうやっておびき寄せたのかくらいは吐いてもらうぞ。」
「何だよ、僕のことを心配してくれたわけじゃなかったのか。」
「心配はしたよ。二秒くらいな。死ぬとか言ってたくせして、本当は心配して欲しかったんだろ。
それにな、新たに殺人事件が起きた。」
また、殺人事件。
「殺人姫は死んだんだ、それとは関係のない殺人でしょう。」
「関係はないな。俺らはさっさと次の事件の捜査に移らないといけない。だからお前はさっさと事情聴取を受けるんだ。」
ヒロさんは僕の襟を掴んで引きずっていった(服はあれから着替えていない)。眼は勿論押さえたままだ。
彼女、染崎さんは今際の際に言っていた。赤坂町の獣、伝説の殺人姫。
作品名:【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ- 作家名:疲れた