【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-
「同一人物じゃないかもしれないわよ。もしかすると違う目的の他人の犯行とか。」
確かに、証拠が何も出そろってもいないのに、同一人物の犯行と決めつけるのは早計かもしれないが、偶然同じタイミングに備品が盗まれているということは、同一人物の犯行を疑うには十分な根拠にはなりうる。この場合、他人による犯行と考えるよりも、同一人物による犯行と考える方が自然だ。
薬品ねぇ…毒、毒殺…殺人姫の殺害方法で毒殺というのは寡聞にして聞いたことが無いな。聞いたことのある殺害方法はバラバラや吊るしや爪を剥がしていたり…ん?あれ?
何かおかしいな、僕が今列挙しようとしたものは殺害方法ではなくて殺害後の状況だ。バラバラ殺人は、バラバラにして殺したのではなく、殺した死体をバラバラにした、というのが正しいのか。例えば昨日の死因は何だっけ、出血多量だったか。一度血を抜いて殺してから、フェンスにくくりつけたと言うのが正しい。
あのような殺人が女性に出来るものなのか、と以前は思っていたが、なるほど、状況を作るのは確かに手間だろうが、被害者が既に死んでいるのなら話は別か。事前に殺した後、あの気持ちの悪い殺害現場を作り出す…。そう考えると、殺人姫が毒薬を使うかもしれないという仮説が成り立つ。毒薬で毒殺した後に、心ゆくまで遺体を分解する。あり得ない話じゃない。寧ろ再現するのに大変そうなあの現場は、そのような薬物と凶器さえあれば、もやしっ子の僕でも簡単に出来そうな気がする。
凶器、盗まれたメス、鋭利な刃物、薬品、毒殺…連続殺人事件との繋がりを感じさせるワードが揃って来た。杞憂であって欲しいが、この学校に殺人姫がいるのはやはり本当なのか。盗んでいる人間が学校内部の人間であるならばの話だが。
「盗んだ人は未だに誰だかわからないんでしょ?」
「全然、全く。授業中にこそこそ盗んでるのかもしれないね、教師だって生徒全員を同時に見れるわけじゃないし。目撃情報もないって。」
目撃者なし、という要素は連続殺人事件と被っている。目撃者が居ない、見ている人が居ない間に盗んでいる…確かにここは後者の端っこで、人通りは多いとは言えないが、休み時間になれば階段を利用する人から見られる可能性もある。見つからずに盗むにはどうすればいいんだ。
…待てよ、誰が一番盗みやすいか、と考えると、それはここで一人で居ても怪しくない人物なんじゃないか。科学の先生ならここで一人でいて、私用で薬品が必要になった時にいくつか借用出来るかもしれない。それを生徒のせいにする。自作自演というやつか…否、それを言ってしまえば、生徒会のメンバーはどうなる?彼らこそ自分たちで盗んで、減っていると言う嘘の報告をし…
染崎さんは、確か、ここのところ昼休みと放課後は毎日科学室を見回っているって、
事実昼休みもこうして見回っているわけで、ならば盗みやすいのは彼女なのではないか?
赤い、緋色の魂、血の色、返り血を浴びた色、殺人姫の色——
急にここに居るのが怖くなった。赤い魂、花笠カオリの親友、盗まれたメス、毒薬を連想させる消毒薬、脳が危険信号を体中に通達する。汗腺が冷や汗を吹き出した。
否、これはただの憶測に過ぎない。高校生の貧弱な頭が出した、幼稚な推測でしかない。だと言うのに、一度思いついてしまった結論は自分自身を震え上がらせ、動きを硬直させていた。ああ、本当に危機感が足りない。
「…か、あ、ぶないね、盗みにしろ、殺人事件にしろ、最近はさ、」
既に巧くしゃべられるような状態ではなかった。
「そうね、本当に危ないから、最近の生徒会は会議も直ぐに切り上げているのよね。」
「確かに、危ない、ね。そう言えば、染崎さんは若木町、に、住んでるんだっけ?」
しどろもどろだが、何だか巧い具合に話が転んだ。これは運がいい、このまま彼女の家の話に展開出来れば——
「うん、そうよ。」
「一人暮らし、だっけ?」
「うん。」
「一人だとあ、あぶないんじゃない?」
「んー、どうかな。」
「じょ、女子一人じゃ危ないんじゃない?僕が行ってあげようか?」
なんだか苦しい会話の流れだったが、昨日程不自然じゃないだろう。どうなる…
「………青原くんってさ、色んな女の子のことが好きなのかな?」
「……はい?」
「だめだよぉ〜青原くんっ、女の子の家に行きたい時は、もっとその人と仲良くなって、親密度を上げなきゃ。いきなり女子のお宅を訪問出来ると思ったら大間違いだぞっ。」
…なんだかあっけなく、というか普通に断られた。否、これが当たり前の反応なのだ。五条さんが許可を出してくれたのが奇跡なだけで…
何か、見せたくないものが、あるから、人を家にあげたくないだけじゃないのか?
極普通の反応であるはずなのに、そんな疑惑が頭をかすめる。昨日、五条さんの家に行けたことの対比で、そう思ってしまうだけなのかもしれない。
許可を出してくれた五条宅には怪しいものは何も無く、
許可を出してくれなかった染崎宅には、何があるかわからない…
「ま、まぁそりゃ駄目だよね、はは、じゃあさ、何か危険を感じたら僕を呼んでよ、携帯の電話番号とメアド渡すからさ。そういえば染崎さんとはメアド交換してなかっ」
「あ、私携帯電話持ってないの。」
「へっ?」
女子の家に行かせてください発言を誤魔化すために適当なことを言ったら、何だか意外な事実が飛び出た。
「持ってない?な、なんで?」
「いや、なんてゆーか、私お金持ってないし。」
「仕送りとかは?」
「あの、私、両親いないんだよね。」
両親が、いない。
「う、あの、ご、ごめん。」
「いや別に良いんだって!別に気にしてないから。学費は奨学金でどうにかなってるしっ。ただそう言うのに回すお金が無いんだよねっ。分かってくれた、かなっ。」
彼女は、一人暮らしをさせてもらっているのだとばかり思い込んでいたが、違った。彼女は一人暮らしをしなければいけない状況だったのだ。僕よりも格段に成績が良く、僕よりも格段に働き者で、僕よりも格段に人間が出来ているのに、彼女は、どんな生活をしていたのか、想像すらしていない自分を恥じた。そんな彼女を、殺人姫ではないかと疑っている自分を…
…待ってくれ、遺体から財布の中身がそのままの場合があるとか何時か聞いた。それはつまりそのままじゃない場合もあるってことでもあり、それはつまりお金を盗っているってことで、えーっとつまりつまり、
「じゃ、じゃあ染崎さんって働いてるの?バイトかなにかで。」
「否否、貯金を切り崩しております。ウチの学校校則でアルバイト禁止でしょう?生徒会副会長が校則を破っていたら生徒達に示しがつきませんっ。」
貯金がどの程度あるのか分からないが、収入はあるいは…いやしかし、お金を持っていそうな政治家からは盗っていないって…それはあくまで金品を目的だと思わせないためのブラフ…か?
貧乏で服を買う金もないとなると、あれが説明がつく。日曜日に見つかったあの証拠品…。
五限の予鈴が鳴り響いた。昼休みは間もなく終わる。
「青原くん、断られちゃったのがそんなにショックかな?早く教室に戻ろっ。」
「あ、うん、そうだね。」
帰り際、彼女の制服を見た。
作品名:【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ- 作家名:疲れた