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【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

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 花笠家の前には幾つかのパトカーが目障りなランプの光をまき散らしながら停車しており、その光を見つけた隣家の人々が次第に集まって来て人集りとなっていた。消防車や救急車ならまだしも、パトカーが来ているというのは一体何を意味しているのか、野次馬達は未だ知る由もないだろう。
 警察関係者でなければ知っているのは僕と、この家の娘の二人だけだ。しかし、僕の急な連絡によくも応じてくれたものだと関心する。僕と六つしか違わない柏木弘人刑事は僕が思っている以上に警察内での高い権力を持っているのかもしれない。あるいは行動力から、上司を説得するのは容易なのかもしれない。それにしたって、こんな高校生が犯人を見つけました、なんて悪戯電話と捉えられても仕方の無い内容の通報を、よくも信じる気になったものだ。関心していいものか、呆れていいものか。
 ヒロさんは緊急用の電話番号を前々から僕に伝えていた。一体何の、どういう事態を緊急と呼ぶのか分からなかったが、今回はよく有効活用出来たのではないかと思う。自分を褒めたい。
 というかこういうのは男が女性に何時でも呼んでくれ的なニュアンスで渡しておくものなのではないのだろうか。男が男に渡しても、全然面白くないと言うか、ヒロさんが警察官だからギリギリ許せるレベルだ。警察官でもなんでもない人からこんな連絡先を渡されても引き千切って下水に流すだけだ。
 そんなことを、花笠家所有の駐車場の車止めに座りながら考えていた。内と外の境界線を司る蛇腹型のフェンスは自分の身を隠すにはあまりにも頼りなかった。まぁ、例え見られても、この辺の住民と僕は面識が無いので、問題ないと言えば問題は無い。フェンス越しの人集りがとても目障りで、僕はずっと俯いていた。とても多くの人と、それの魂を同時に見てしまうと、脳の処理が追いつかないのか、気分が悪くなる。パトカーのランプも相まって、顔を上げる気にすらならない。今、この家の二階では数人の警官が立ち入って証拠品を押収している最中だろう。携帯電話の時計に目をやった。もう二〇分近くは経っている。証拠品なんて血の付いたブラウスと金属バット二つ以外にあるとは思えない。思えないが、やはり探さないとそれは職務怠慢なのだろう。
 足音が近づいて、革靴が視界に入って来た。柏木刑事が眼前に立ち、僕を見下ろしていた。
「…通報するなら緊急用じゃなくてもいいだろう。」
「高校生がいきなり一一〇番で『犯人が分かりました。』って言ったって、誰も取り合ってくれないでしょう。」
 ヒロさんなら、僕が下らない嘘はつかない事を知っている筈だ。
「…なんで分かった。」
「日々の行い。」
 としか言いようが無い。
「というか、分かってなかったよ。憶測が当たっただけ。」
「事件の解明と犯人の捜索は警察の領分だ、高校生が出る幕じゃない。犯人を突き止めた事は感謝してもいいが、一般市民が事件に介入するのは協力程度にしてくれ。直接犯人の家に、犯人と一緒に居るなんてのは、どうかしてるぞ。」
 それは自分でもそう思う。だから放っておいて欲しい。
「…俺が言うのもなんだが、あんまり事件には関わるなよ。」
 無言で応じた。肯定と捉えたのであろう柏木弘人は花笠カオリを乗せているパトカーまで歩いていった。恐らく、彼女は今から連行されるのだろう。他の警察が人払いを始めた。今のままではパトカーが発進出来ないから当然だろう。僕への事情聴取はもう既に行った後だ。人がいなくなるのを見計らって、自転車で帰ろう。

 事件には関わるな。ヒロさんの言葉を反芻する。僕は事件に関ろうと思ったことは無い。僕は今朝、只の日常を望んでいただけだった。連続殺人事件を止めようとか、犯人を突き止めるとか、そんな考えは毛程も無い。僕は正義漢などではないし、世間一般でいうところの正義には同調しない。
 が、しかし、嘘でもいいから、正義感で行動した方がが良かったと今では思っている。花笠さんは、僕が、僕の正義感から、彼女を自首へと促したものだと思っている。全然違うが、寧ろそう思っていた方が、彼女には良い。
 僕は、ただ単に、赤い魂の色が一体どういうものなのかを、確かめたかっただけなのだ。それはただの、意地の汚い知的欲求でしかなかった。
 僕は、自身の満足感の為だけに、彼女を、警察に売ったのだ。友達を、犯罪者であると、態々告げ口をしたのだ。
 勿論、殺人は大罪で、裁かれてしかるべきなのは分かる。しかし彼女は、ある人をかばう為に、殺人を犯した節がある。何を言っても罪が許される筈も、殺された中学生が生き返る筈も無い。しかし彼女は、世間から差別されていいような殺人姫ではない筈だ。庇うつもりも、弁護する気もない。でも、知的欲求の為に彼女の罪を態々再認識させた。
 それは、果たして正しい行為だったのか。


 『殺人姫』は、噂通り、本当に女性だった。ニュースで花笠カオリの名前と性別が判明したその時は、『殺人姫』を信奉していた人々にとって忘れ得ぬ瞬間になるのだろう。
 しかし、未だパズルのピースは中途半端に抜け落ちたままである。
 返り血のついた服はブラウスだった。つまり彼女はそのブラウスを着た状態で犯行に及んだということだ。
 ヒロさんが持って来た、烏山高等学校のイニシャルである『K』が印されたボタンとは、結果が食い違う事になる。犯行前は制服を着ており、犯行時には着替えた、と解釈出来なくもないが、態々着替える意図が見えない。そもそも、日曜日と言う休日に制服を着る意味が分からない。犯行現場に落ちていたボタンが、花笠カオリのものであると断定するには、些か無理がある。
 このボタンは彼女のものでない、とする方が正しい。そんなことは、彼女の家を捜索すれば自ずとわかることだろう。
 そして、彼女が認めたのはあくまで前日の殺人だけであって、それ以前の殺人には何一つ言及していない。

 彼女は、たった一日限りの『殺人姫』でしかなかった。

 殺人は、未だ終わらない。