小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

【完結】紅ノ姫君-アカノヒメギミ-

INDEX|20ページ/89ページ|

次のページ前のページ
 

 狂気という他に言葉が見当たらない。
 若木町の連続殺人事件の被害者はこれで十八人目だ。被害は留まることを知らない。しかしこの被害者数は彼ら警察の能力不足を表しているとも言える。
 柏木刑事はこの連続殺人事件に、連続性が発覚し始めた三人目当たりから上司の上柴と共に配属されている。被害者が十人を越えた当たりから警視庁から応援が派遣され、若木町は物々しい警備が行われている。
 にもかかわらず、殺人鬼はその警備の目をするりするりと躱し、十八人目の被害者を出した。未だに目撃情報も無い、被害者の関連性も見出せない、証拠の一つすら上がらない。もうすぐ二十日が経とうとするというのに、事件は解決の兆しを見せない。
 警察が無能なのか、殺人鬼が余りにも周到なのか。
「しっかし何時も通り酷いな…」
 上柴が遺体を目の端に入れながら呟いた。内蔵を全て地面にブチ撒け、小腸は開かれた腹部から両の壁に、杭のような物で吊るされている。まるで電線だ。
 遺体は壁にもたれた状態で、くの字型に座している。また頭部は鋭利な刃物で切り取られ、遺体の両腕で包まれている。
 死因は恐らく出血多量死。被害者の身元は不明。確認しようにも身元を確認出来る物がなく、携帯電話は被害者本人によるロックがかけられており今すぐに見ることは出来ない。恐らく二十代前半の男性、金髪でロングヘアー、ダボダボのパンツによれよれの柄物ランニングといかにもBボーイと言える青年だ。
 持っている物が携帯電話しかない。財布は持っておらず、これは今までの連続殺人事件の被害者の中の何人かにも同じことが言えていた。
 一言、金に困った人間の犯行と言えば楽だろうが、金に困っているだけならば態々こんな猟奇的な殺人現場にする必要もない。大体一番金を持っていそうな政治家からは何もとっていなかったりするし、金が欲しければ人質にして身代金を要求するだろう。殺す意味が分からない。一体なんなんだ。
 猟奇殺人が目的で、金品の強奪はついで、なのかもしれない。猟奇殺人が目的となるともうお手上げなのが難点である。動機がさっぱりなのだ。
「ほんで、通報者はそろそろ喋れるようになったかね?柏木ちゃんの知り合いだろ?」
 通報者、つまり第一発見者の青原雪人は柏木弘人の知人である。幼馴染みと言ってもいいかもしれない。幼馴染みとはいえ、柏木と青原の年齢差は実に六歳である。青原が小学校に入学する頃、柏木は中学校に入っている程に歳は離れている。彼らは単に家が隣同士という関係だ。とはいえ柏木が小学校に入った頃に青原は生まれ、お隣のお兄さんと言うことで何度も世話をした。柏木は兄弟がいない青原にとって兄のような存在であったということだ。
 柏木は警官であるため、おいそれと実家に戻ることは出来ないが、休暇の時に時たまお隣さんに顔を出すくらいの付き合いはしている。親交はそれほど浅くはなっていない。
 今回の通報者が青原雪人だったと知り、何時も冷静沈着で無表情な柏木刑事も少しの狼狽の様を見せた。
「…もう一度聞いてきます。」
「おう、頼んだわ。」
 柏木は上司に断りを入れ、アーケードに停めてあるパトカーの開け放したトランクに顔を俯けて座っているお隣の弟分の話を聞きに行った。

  開け放されたパトカーのトランクに、青原雪人は腰をかけていた。俯いているから表情は分からないが、こんな状況でへらへら笑える奴がいるというのなら来て欲しいものだ。そいつは十中八九犯人に間違いない。
 現場には嘔吐物があった。誰の胃の中身だったのか、調べるまでもないだろう。
「雪人、俺だ、話せるか。」
「…うん。」
 力のない返事だった。誰だって死体なんか見たくない。内蔵が回りに敷いてあるとなると尚更だろう。本来、あのような状況に出会ったならさっさと帰って落ち着かせる状態にさせるのが一番なのだが、この事件が解決の兆しを見せない以上、またこの事件を少しでも早く解決する為にも、ほんの少しの情報でも警察は得たいのだ。
「被害派は知っている人間か?」
「……知らないよ。」
 被害者の身元が知れれば、遺族にも早く連絡が取れるかと思ったが、そうは上手く行くまい。大体通報の時も、知らない人間が首を切られて腹を裂かれて死んでいるというものだったから知るわけがないのだが、落ち着いたら知ってる顔だった、というわけにはいかなかった。
「何であの路地裏に入った?」
「……携帯を落として、追いかけて入ったら血を見つけたんだ。」
 この供述が非常に曖昧だ。微妙な供述、と言ってもいい。
 実は警察には二度通報が入っていた。最初は青原雪人の通報、二番目は自宅帰りのサラリーマンの通報だった。
 タッチの差と言えば、それはそうなのだが、サラリーマンはアーケードを過ぎた、北側にある団地への道まで流れた血液を見て通報したのだ。「血が流れている。」と。
 しかし青原はアーケードの、人の通りそうのない、単なる隙間から現場に入って来たのだ。携帯をその隙間に落として、ついでに進んだら血を見て、遺体を発見したということだが、どうにも本当にそうだとは思えない。理屈が通っているようで、何か違和感の残る供述だ。
 第一発見者は犯人である可能性が高いとか、そういう推理小説の定石なぞを現実に当てはめる気は毛頭ない。大体犯人であるなら、態々警察に通報する理由がない。遺体が発見されなければ、そもそも事件は起きないからだ。当然、お隣の弟分が殺人を犯すなど到底思えないが、公私混同するわけにもいかない。しかして青原雪人が犯人である可能性はゼロと言っていいだろう。だがこの発言には引っかかるものがある。何が引っかかっているのか、そもそも引っかかりなど無いのか。
「……直前に怪しい奴を見かけなかっ」
「見なかった。」
 言い終わる前に被せて来た。なんだ、何かがおかしい気がする。青原雪人が犯人であるはずがない。犯人が態々自分の犯行を警察に知らせる理由がない。

 ならば、何故青原は嘘を吐く?何かを見て、この路地裏に入ってしまったが、それを見ないことにしたかったのか?

 そもそも嘘なのか?
 どこまでが嘘なんだ?
 携帯か?
 怪しい奴か?
 怪しい奴は見ていない?
 ならば、怪しくない奴は見たのか?

 怪しくない奴は幾らでもいた。その時間にアーケードはオフィスから帰宅するビジネスマン共でごった返していたはずだ。どいつもこいつも怪しくない。カケラも怪しくない。怪しさというものを教えてやりたいくらいだ。

「…家まで送って行こう。幸い、明日は日曜だ。二日かけてじっくり休め。」
「……ありがとう。」

 これ以上聞いても、嘘か本当か分からない禅問答になるだろう。聞くだけ無駄だ。幸いにして、この少年はお隣さんだ。何時でも事情聴取は出来る。