神か犬
『いつか』は突然にやってきました。
早朝、けたたましくなるチャイムの音に、あなたはうんざりしながら半裸のまま玄関へと向かいました「誰だよ、こんな朝から。クソッ」悪態をつき、あなたが扉を開けるとそこには黒い服に身を包んだ男の人が二人立っていました。
男の人とあなたは何やら喋り、男の人は僕の所へと近付いてきました。
「このような所にいらっしゃられましたか。随分探しました。さぁ、帰りましょう」
帰る? どこへ? 僕の家はここなのに。僕の帰る所はここなんだ!
あなたの方を見ました。助けて下さい、ご主人様。僕はあなたの犬なのです。今すぐ僕の首にかかった赤い紐を引っ張って下さい。そっちに行ってはいけないよ、と僕を導いて下さい! ああ!
「では、これで」
あなたは僕の手を引いているのとは別の方の男の人から、なにやら分厚い封筒を受け取っていました。
僕はただじぃっとあなたを見つめました。あなたも僕を見つめていました。けれどそれだけ。それだけでした。
黒い車に乗せられて、僕はどこか知らない場所へと連れていかれるのです。
あなたは追っては来てくれない。「外しましょう」と男の人が僕の赤い紐に手を伸ばしてきましたが、僕はそれを断固拒否しました。この紐を外していいのはあなただけなのです。
頑なな僕の態度に、男の人は小さなため息を一つ吐くと「分かりました」とだけ言って、車を発進させました。