神か犬
あなたと暮らして3か月がたちました。
「どこか遠くに行きたい」
ふいにあなたが言いました。
「一生困らないだけのお金を持ってさ、どこか遠い所で暮らしたい」
「お金はあるんですか?」
「あったら遠くへ行ってるだろ? 今、稼いでる最中だよ、バカ」
あなたはそう言ってシャワーを浴びにいきました。「まぁったく。大の男一人を飼ってるんだから飼育費だってばかになんないのよ」なんて言って頭をボリボリとかきながら。
僕はあなたの負担なのでしょうか。いいえ、少し考えれば分かる事ですね。そう、負担に決まっています。でも僕はばかなので、その少しすら考える事が出来ていなかったのです。
僕がそんな考えに泣きそうになっていると、あなたは脱衣所から顔を出して僕の顔をじぃっと見つめているのでした。
僕はあなたの顔をまっすぐに見つめ返す事すら出来ずに、小さく俯きました。
ダダダッと荒々しい足音を立てながら、あなたは裸のまま僕に駆け寄りました。その右手には赤い紐。
その赤に見惚れていると、あなたは僕の首にその紐をかけました。ああ、殺されてしまうのだな、僕はそう思いました。あなたの負担にしかならない僕は、殺処分されて当然なのです。
目を閉じ、その瞬間を待ちました。
けれどいつまでたってもその瞬間は訪れません。不審に思って目を開けると、そこにはあなたの笑顔がありました。
「お前は私の犬。これは首輪だよ」
そう言って微笑むので。
僕はあなたの握る赤い紐の端を握って、あなたにも同じように首にかけました。
「おい、飼い主にまで輪をかけるとはどういうつもりだ?」
あなたは不機嫌そうに眉をひそめましたが、それはポーズなのです。だって口の端が上がっている。
これはリードなんかじゃないです。僕にとっては運命の赤い糸なのです。糸よりも太く糸よりも愛おしい運命の赤い紐。僕達はそれに繋がれている。
裸のあなたに繋がれた犬の僕。
僕はばかで、僕には何も無いけれど、僕はとてもとても幸せなのでした。
いつかきっとあなたと、どこか遠くへ行くのです。赤い紐に繋がれながら。